ミラノ在住の知人に言われたことがある。
「この国では、家庭の食卓に出される食事が、数百年前とほとんど変わってないんですよ」
 確かに、イタリア人が最も愛する食事は“マンマのパスタ”だというのはよく聞く話である。魚から肉へ、米からパンへと時代によって食生活を大きく変えてきた日本人とは、なるほど、ずいぶんと違う。
 食は、人間にとって絶対に欠かすことのできない要素である。そこをなかなか変えることのできない民族がいる一方で、変化をまるで厭わない民族もいる。前者と後者では時間に対する考え方もだいぶ違う。後者が「昔」と感じる時代が、前者にとっては「最近」だったりもする。イタリアに限らず、欧州の時間の流れの方が日本に比べると緩やかで、変化の度合いも小さいように感じるのはわたしだけではあるまい。

 日本と同じく変化をまるで厭わない人の多い米国では、いいもの、新しいものはどんどんと受け入れられていく。かつては安かろう、悪かろうというイメージもあった日本製の自動車や電気製品に、最初に飛びついたのは彼らだった。一方、21世紀になったいまも、欧州の市場は米国ほどには日本製品に心を許していない。

 だから、驚きを禁じ得ない。

 香川の所属するマンチェスターUが、レアル・マドリードからディマリアを獲得することになったという。

 彼は、アルゼンチン代表である。

 マラドーナの“神の手”と“5人抜き”ばかりが語られがちな86年W杯のアルゼンチン対イングランド戦だが、わたしには忘れられない光景がある。試合前、両国のサポーターが互いの国旗を燃やしあっていたのである。フォークランド、またはマルビナスをめぐる対立の歴史は知っていても、一つのスタジアムの中で、双方が憎悪をぶつけあうさまは衝撃的だった。

 紛争が起こったことで、トットナムでプレーしていたアルディレスが凄まじいブーイングを浴びたという話は以前にも書いた。当然である。中国が、韓国が自国にやってきた日本人選手に罵声を浴びせるのと、基本的には同じ図式といっていい。もし英国の選手がアルゼンチンに行けば、これまた暴力的なまでの憎悪をぶつけられていただろう。

 だが、たった30年程度で、イングランドを象徴するクラブはアルゼンチン人を獲得するようになった。01年にはアルゼンチン代表のベロンが加入しているが、獲得した選手の国籍を、誰も気にしない時代になった。

 イングランドだけではない。ドイツを象徴するクラブにはフランス人のスターがいて、指揮をとるのはスペイン人である。変わらない欧州にあって、サッカーの世界は劇的に変わり、いまもなお変わり続けている。

 さて、Jリーグは?

 変わった?

 変わろうとしている?

 欧州に負けないほどに?

<この原稿は14年8月28付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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