元阪神タイガースの八木裕さん、亀山つとむさんが絶句したのを覚えている。
「こら、すごいわ」
 お二人を驚嘆させたのは、ドルトムントの本拠地、ベストファーレンのゴール裏だった。そこだけで2万7000人を収容すると言われている巨大なスタンドは、確かに、甲子園のアルプスでさえかすんでしまうほどの迫力がある。
 もう8年前になるこの時、お二人のアテンドをしていた学生は、いまドイツでスポニチの通信員をしているが、その彼によると、ブンデスリーガの選手たちが最もプレーしたいと願う場所が、このベストファーレンなのだという。

 そこに、香川真司が帰って来た。

 甲子園をも凌駕する迫力を持つベストファーレンは、阪神ファンにも負けないぐらい熱狂的なファンに支えられていることでも知られている。そんなチームのファンが、香川の復帰に歓喜している。2季前、欧州CL決勝の際も、こちらが日本人と見るや「カガ〜ワ」と声をかけられたものだが、その人気は一向に衰えていなかったようだ。

 冷静に考えてみると、これはなかなかあることではない。ファンから愛されるためには、まず結果を出さなければならない。出した上で、ファンと同様、自分にとってもこのチームが大切だというアピールをしていかなければならない。だが、そこまでしてもなお、チームを去ればすぐに忘れ去られてしまうのが、助っ人外国人の宿命だと言っていい。

 香川の場合、まずまずの結果は出した。ただ、彼が所属していたのはたった2シーズンで、かつ、このチームで愛された過去の選手に比べると、びっくりするぐらいドルトムントへの“愛”は口にしなかった。最初の入団時、受け取り方によってはドルトムントをビッグクラブへのステップとしか考えていないようなコメントをしたのには、正直、ヒヤヒヤさせられた。

 にもかかわらず、彼は愛され、いまなお愛され続けている。もう本人も十分わかっているだろうが、これは奇跡にも近い僥倖である。才能はあるが、繊細なメンタルの持ち主にとって、周囲から向けられる疑心暗鬼の眼差しは、マイナスにこそなれ、まずプラスに働くことはない。そこが、本田のようなタイプとは決定的に違う。

 だが、古巣に戻ったことで、香川は再び愛情と信頼の中でプレーすることになる。「できるのか?」という視線ではなく「できる!」という眼差しに見守られてプレーすることになる。このアドバンテージは、相当に大きいものになるはずだ。

 2年前に彼がマンUへの移籍を決めた時、わたしは「成功を収めるのは相当に難しい」と書いた。あの時よりもはるかに大きな自信を持って断言しよう。

 今季、香川は爆発する。

<この原稿は14年9月4付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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