誰が最初に口にしたのか定かではないが、テニスをして「ネットを挟んだボクシング」とは言い得て妙だ。サンプラスはライバルのアガシとの対戦について「ヘビー級のボクシングのようだ」と語ったことがある。
 ボクシングにも造詣が深い日本テニス協会理事の倉光哲と、ある会合で同席したのは、2カ月前のことだ。話が錦織圭に及ぶと、やにわに倉光の語気が強まった。「ボクシングで軽量級が重量級とやっても、まず勝てない。いやボクシングだけじゃない。他の格闘技もそうでしょう。しかしテニスに階級制はない。格闘技とボールゲームは違う、と言う人もいるでしょうが、必ずしもそうではない。体重が違えば飛んでくるボールの重さが違う。背丈が違えば、サービスのスピードも角度も違う。そんな中で錦織は結果を出し続けている。私も長いことテニスに関わっていますが、(テニスは)決して日本人にとって有利な競技とは言えない。だからこそ錦織の世界一への挑戦は尊いんです」

 そこで世界トップ10(全米決勝前のランキング)の身長と体重を調べてみた。1位ジョコビッチ(188センチ、80キロ)、2位ナダル(185センチ、85キロ)、3位フェデラー(185センチ85キロ)、4位ワウリンカ(183センチ、81キロ)、5位フェレール(175センチ、73キロ)、6位ベルディハ(196センチ、91キロ)、7位ラオニッチ(196センチ、98キロ)、8位錦織(178センチ、68キロ)、9位ディミトロフ(190センチ、80キロ)、10位マリー(190センチ、84キロ)。ちなみに全米オープン決勝の相手チリッチは198センチ、82キロの偉丈夫だった。錦織とほぼ同等なのはフェレールだけである。

 小柄な日本人が欧米の大男たちを倒すには、どうすればいいか。倉光によれば、そのひとつが立ち位置だ。ベースラインから下がらないこと。ズルズル下がると、防戦一方となり、攻撃の主導権を握れない。サッカーでいうところの“高い位置”を保つことが肝要だ。倉光の指摘通り、準決勝のジョコビッチ戦ではベースライン付近から前に出るプレーが数多く見られたが、敗れたチリッチ戦では押し下げられ、前に出られなかった。それだけクロアチア人の圧力が強かったということだろう。

 ともあれ試合後、錦織が口にした「楽しい2週間でした」とは、こちらのセリフである。グランドスラムでの捲土重来を期待する。

<この原稿は14年9月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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