今春、東京新大学野球リーグおよび全日本大学野球選手権大会で鮮烈デビューを果たしたのが、田中正義だ。昨年は一度も公式戦での登板がなかった右腕は、いきなり春の開幕戦で先発に抜擢された。指揮官の期待に見事に応え、4安打11奪三振、無失点。リーグ戦初白星を完封で飾った。その後、先発、リリーフとフル回転でチームに貢献。7試合に登板し、3勝1敗、防御率0.43の好成績でチームを優勝に導いた。そして全日本選手権では4試合に登板し、ベスト4進出の立役者となった。今や「4年生ならドラフト1位は間違いない」と、プロのスカウトからも絶賛されるほどの存在となった田中。大学球界で最も注目されている右腕だ。
「本当に2年生なんだろうか……」
 あまりの落ち着きぶりに、インタビュー中、何度もそう思った。既に4年生かと思えるほどの風格を漂わせ、話す内容も考え方もまた、達観していた。例えば、ストレート。こだわりは強いが、その考え方には硬さや傲慢さはない。

「(スピードの)数字はあまり気にしていません。練習の時も、スピードガンは見ないんです。何キロ出ようが意味がないので。大事なのはバッターがどう感じるか。同じストレートでも『150キロ投げるぞ』と力んで投げた球より、力を抜いて投げた140キロ台後半の球の方がバッターは打てないんです」

「速い球を投げたい」と思うのは、ピッチャーの本能と言っても過言ではないだろう。若ければ若いほど、その傾向は強い。ところが、田中は小学生の頃から「力を抜いて投げる」ことの重要性を感じ、誰に教わるでもなく、「感覚的に」やってきたのだという。田中というピッチャーの素質の高さは、こういう部分にあるのかもしれない。

 心の余裕を生み出した変化球

 昨年まで無名だった「田中正義」の名が全国に知れ渡ったのは、今年6月に行なわれた全日本選手権だ。初戦の佛教大学戦、初回、いきなり2球目で自己最速となる154キロをマークした田中は、4安打無四球完封。さらに2回戦の亜細亜大学戦では5回途中からリリーフし、立ち上がりから5者連続奪三振を披露。その後2試合でリリーフ登板した田中は、計4試合で20回1/3を投げ、26奪三振、防御率1.33の好成績で大会特別賞を受賞した。

 田中のトレードマークとも言えるのは、やはり150キロ台のストレートだ。注目は、いやがおうにも球速にいく。実際、リーグ戦の開幕戦で151キロ、最終週には153キロ、そして全日本選手権初戦で154キロと、球速は着実に伸びている。まだ2年生ということもあり、どこまで球速を伸ばすのか、期待は膨らむばかりだ。

 しかし、今春の目覚ましい活躍の要因を、田中本人はストレートの球速アップにあったとは思っていない。それよりも自身のピッチングを支えたのは、変化球への自信だったという。オープン戦までの田中は、「困ったら真っ直ぐ」というピッチングだった。そのため、ストレートの割り合いは8割に膨らみ、対戦相手にも研究され始めていた。
「真っ直ぐばかりだと、相手はそれをカットしてファウルするようになってきたんです。それで球数がどんどん増えていってしまいました」
 田中はストレートにばかり頼ることはできないことを痛感していた。

 課題は明確だった。変化球である。田中は3種類の変化球を持っている。カーブ、スライダー、フォークだ。だが、どれもいわゆる“勝負球”にはならなかったという。唯一これまでも実戦で投げていたフォークも、本人によれば「精度がバラバラで、あまりあてにできなかった」。

 そんな田中に転機が訪れたのは、4月26日の流通経済大学戦だった。白星で飾った開幕戦に続く2試合目の先発登板となった田中は、初回を無失点に抑えて上々の立ち上がりを見せた。ところが2回表、3連打を浴びて1点を失ったのだ。その時、田中は「ストレートだけではダメだ。変化球も投げていこう」と決心した。そして、それが吉と出たのだ。

「これまで初球は必ずストレートから入っていたんです。でも、その試合で1点を失ってからは、初球から変化球も投げるようにしました。そしたら真ん中でも見逃したり、振っても内野ゴロで簡単にアウトを取れたり……。そんなことはこれまでなかったので、楽だなと思いましたね」

 打者の頭には「田中=ストレート」というイメージが出来上がっている。それを利用することで、変化球が有効に使えることがわかったのだ。
「バッターは真っ直ぐが来ると思っているので、変化球を真ん中に投げても手を出せない。それこそ100キロのカーブなんて、まず振ってきません。だから簡単にストライクを取ることができました。そして、変化球でストライクが取れれば、次に思い切り真っ直ぐを投げることができる。とにかく、いろんな配球パターンができるようになったので、面白いですね」

 その試合は、2回に失った1点が結局決勝点となり、0−1で初の黒星を喫した。だが、田中にとっては結果よりも大きな意味をもたらした試合となった。
「これまでは自分のピッチングを考えるのに精一杯でしたし、真っ直ぐがダメだと、どうしようという感じだったんです。でも、流通大戦をきっかけに、バッターを見て投げる余裕が生まれました」
その後のリーグ戦、全日本、海外遠征での活躍は、ここから始まったのだ。

田中正義(たなか・せいぎ)
1994年7月19日、神奈川県出身。小学1年で駒岡ジュニアーズに入団。中学では川崎中央シニアに所属した。創価高校1年夏にエースナンバーを背負うも、同年秋に右肩を痛め、それ以降は外野手として活躍。3年時にはキャプテン、4番としてチームを牽引し、夏は西東京大会ベスト4進出に貢献した。創価大学入学後、再び投手に転向。1年間のトレーニングを経て、今春リーグ戦デビュー。開幕投手を務め、初勝利を完封で飾った。7試合に登板し、3勝1敗、防御率0.43で優勝に貢献。初のベストナインにも選出される。全日本大学選手権では4試合に登板し、3勝0敗、防御率1.33をマーク。特別賞を受賞した。186センチ、89キロ。右投右打。

(文/斎藤寿子)
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