まずは、福岡ソフトバンクに敬意を表しておきたい。リーグ優勝を果たしたうえでの日本シリーズ制覇、おめでとうございます。何よりも、この両方をクリアしての日本一、というのが素晴らしい。
 日本シリーズは、阪神に対して4勝1敗とやや一方的な展開になったけれども、どなたも指摘なさるように、第2戦での武田翔太の好投がターニングポイントだった。第1戦を快勝した阪神の原動力、4番マウロ・ゴメスを止めたことが大きい。そして、その武器となったのは、独特の大きく曲がり落ちるカーブだった。第3戦の大隣憲司の好投も光ったし、優勝を決めた第5戦の摂津正も、武田同様、大きなカーブで的を絞らせなかった。

 と書いてくると、ソフトバンクの強さの秘密は、強力投手陣にあるような気がしてくる。もちろん、そういう側面もあるだろう。多額の補強費をつぎこんで強大な戦力を形成した結果という側面もある。だからこそ、投打の戦力がバランスよく整った、と評してもよいだろう。だが、決してそれだけではない、と思うのだ。むしろ、今年の強さの一番の本質は、打力にこそあったのではないか。そして、日本野球の歴史において、それは注目すべき事態なのではないか。

 例えば、日本一を決めた10月30日の先発オーダーを並べてみる。
 柳田悠岐、明石健志、内川聖一、李大浩、松田宣浩、中村晃、吉村裕基、今宮健太、細川亨――。このうち、柳田、内川、李、松田、中村の5人が3割打者である。この日は欠場しているが、長谷川勇也もそうだ。

 こういうと、歴史上、もっと強打のチームはあった、と反論されるかもしれない。もちろん、V9巨人にはON(王貞治と長嶋茂雄)がいた。西武ライオンズ黄金期には、秋山幸二、清原和博、デストラーデという強力なクリーンアップがあった。阪神には、掛布雅之、ランディ・バース、岡田彰布という時代があった……。こうして、日本野球でも、かつての強打のチームを挙げることはできる。

 しかし、今年のソフトバンクの場合、そのような伝説的な強打線とは、やや異質なものがないだろうか。それはおそらく、特定のスーパースターがいるというより、チーム全体で強打者を作り出している事情に由来する。もちろん、内川はFAで獲得したし、李もソフトバンクが育てたわけではない。一方で、彼らがON級の突出したスーパースターかといえば、そこまででもない。むしろ、柳田、中村、長谷川、松田ら球団生え抜きで育成されてきた強打者たちとうまく適合して、打線を形成している観がある。ちなみに2014年のパ・リーグ打撃ベストテン(規定打席以上)をみると、柳田、中村、内川、李、長谷川が3位から7位に並んでいる。首位打者もホームラン王も打点王もいない(中村は最多安打)。これだけ見ても、突出した特定の打者によるものではなく、チームとしての強打だったことがわかる。

 報道によれば、秋山監督の、さすが元大打者というアドバイスがあったり、藤井康雄打撃コーチや藤本博史打撃コーチの力もあるようだ。だが、おそらくこの結果を特定のどなたかの力量に帰すのは、正鵠を射ていないだろう。むしろこのチームには、若手は出てきたら3割打てるまで育つことができるはずだ、という、いわば文化が醸成されてきているのだ。そして、これこそが重要なことである。

 強いチーム作りの基本は投手力から、と言われる。間違ってはいない。投手が2、3点に抑えれば、勝つ確率がぐんと高くなるのが野球というスポーツだ。日本の場合、特に投手中心の野球観が優勢であった。だが、その堅固な投手力に、チームとしての打力で対抗するところに、このスポーツの真の面白さがあるのではないか。今季のソフトバンクは、そういう日本野球の一段ステップアップする可能性を見せてくれたチーム、と言えるのではあるまいか。

 共通している強打者を育てる文化

 投手力に対して、旺盛な打力でそれを打ち込もうとする意志が、より顕著なのはメジャーリーグである。もちろん、今季前半の田中将大(ニューヨーク・ヤンキース)やダルビッシュ有(テキサス・レンジャーズ)の活躍を見るまでもなく、日本の優れた投手は、メジャーの打者を抑えるだけの力を備えている。ただ、意志の問題として、メジャーの打者たちは、より露骨に好投手を打ち込もうとするように見える。

 今年のワールドシリーズは、サンフランシスコ・ジャイアンツ対カンザスシティ・ロイヤルズという組み合わせだった。ロイヤルズには青木宣親が在籍しているので、応援された方も多かろう。ただ、私はジャイアンツがひいきなのである。「3番・捕手」のバスター・ポージーがかっこいい。さして大男ではない。むしろ平均的な体格の右打者だが、実にフォームがきれいだ。決して腕力にものを言わせるのではなく、きっちりステップして、フォームで打つ。ちょっと日本人打者っぽい。これがいいんですね。で、4番のパブロ・サンドバルは、いかにもメジャーという巨漢の三塁手なのだが、体型の割に実に動きが機敏。このギャップが楽しい。

 で、このチームで、もっとも面白いのは5番のハンター・ペンスである。素振りなど見ていると、もしかして素人かと思うほどぎこちない。なんだか落ち着きがなく、ぎくしゃくして、どう考えても、才能に恵まれない打者に見える。それを補うべく、バットの握りも、こぶしひとつ分短く持って、必死に(あるいはやみくもに)振っているように見える。ところが……。例えばワールドシリーズ第1戦の1回表、第1打席(ロイヤルズの投手はエースのジェームズ・シールズ)。

? 外角低目 ストレート ボール
? 外角低目 シンカー? ボール
? 内角低目 ツーシーム ストライク 見逃し
 この時、オープンスタンスに構えた左足の踵に体重がかかってしまって、明らかに打てない感じ。

? 外角低目 ストレート 空振り
 3球目の影響か、体重が後ろにかかったような空振り。日本では、コーチに「その形では打てないよ」と言われそうなスイングだ。
? 外角低目 ストレート ボール
 これまた、打てそうな感じのしない見逃し方。
? 内角低目 ツーシーム ファウル
 一転、この内角球には、くらいつくような強いスイング。
? 外角高目 ストレート 右中間に2ランホームラン。

 なんといっても、この人を見る楽しみは、これである。なんだか不恰好(失礼)な空振りをしたかと思うと、次には、きっちり踏み込んで快打を飛ばしたりする。その驚くべきギャップ。ある種の“異形”の快感である(それで、7年連続20ホームラン以上とか)。

 ジャイアンツは、ここ5年で3度ワールドシリーズを制覇し、2010年代の最強チームと言われる。強引かもしれないが、ちょっとソフトバンクと似たところがあると思う。というのは、投打とも質量ともに、確かに充実しているのだが、かといって傑出したスーパースターはいないのだ。

 例えば、現在メジャーNo.1投手は誰かと問われれば、クレイトン・カーショー(ロサンゼルス・ドジャース)などの名は挙がるだろうが、決してジャイアンツエースのマディソン・バムガーナーがメジャーNO.1とは言われないだろう。ただし、10勝を計算できるローテーション投手は、そろっている。ソフトバンクしにても、摂津も大隣も2ケタ勝てるかもしれないが、たとえば、金子千尋(オリックス)のような、スーパー・エースはいない。

 打者にしても、ジャイアンツには、ポージーやサンドバルはいても、たとえばミゲル・カブレラ(デトロイト・タイガース)級のスーパー・スラッガーはいない。ペンスが象徴的だけれども、突出した個の力はなくとも、複数の一流打者がチームとして相手投手を打ち崩しているのだ。ソフトバンクもそうでしょう。3割打者はそろっているが、たとえば糸井嘉男(オリックス)がいるわけではない。あるいは大谷翔平(北海道日本ハム)のような、ものすごい才能を抱えている若手がいるわけでもない。いずれも、突出した個の力ではなく、チーム全体の力で、現在の最強チームとして君臨しているのである。このことは、もっと称賛されていい。

 日本野球の未来のためには、特にソフトバンクのケースはもっと検証されるべきだろう。監督は投手出身者に交代したけれども、さらに次々と、若手強打者を世に送り出してほしいものだ。少なくとも、今はチームにその文化が根付いているはずだから。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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