<生れきて十八年のわれのこのきほこりを高くかかぐる  田部君子>
 最近、お気に入りの歌である(池内紀さんの新著『戦争よりも本がいい』講談社「田部君子歌集」の項より孫引き)。これが、1933年(昭和8年)、当時、満17歳の女性歌人の作と聞いて、二度驚く。なんというか、まっすぐで心地よい。
 今年、ドラフトで指名されたすべての高校生に送りたい。いや、この際、18歳にこだわる必要はあるまい。大学、社会人出身を含め、すべての新人に送りたい。指名された選手には、誰にも、これまで築き上げてきた自分のプレースタイルというものがあるはずだ。それを、「きほこり」として「高くかか」げて、成長してほしいと思うからだ。

 ドラフトを振り返ってみると、個人的には北海道日本ハムの指名が好きだ。有原航平(早稲田大)をクジで引き当てたから、という理由ではない。むしろ2位以下に親近感を覚える。2位は清水優心(九州国際大付高)。強打の捕手だけれども、夏の甲子園では東海大四高の西嶋亮太が、あの天まで届くような超山なりのスローボールを放った相手打者として印象深い。そのあとに、いい当たりのヒットを打った。

 3位は淺間大基(横浜高)。1年の時から横浜のレギュラーを張って注目された。これを言うと、そんなオーバーな、と苦笑されるかもしれないが、ちょっとイチローっぽい。少なくとも印象としては、僕はどんなボールでも打てますよ、というツンとした自信を感じさせる。当然、ドラフト1位候補かと思っていたが、プロのスカウトさんたちとは、どうも感覚が違うらしい(この2位と3位の順位も、本来なら逆ではないだろうか)。

 それから4位の石川直也(山形中央高)。今年の夏の甲子園で見た投手の中では、彼に一番将来性を感じたのだが……。筋のいいストレートを投げていた。
もちろん、彼らが大成するか否かは、プロ入り後の努力にかかっている。「きほこり」を大事にしてほしいものだ。

 ファンの涙にあらわれたCSの罪

 今年も、はや師走。いろんなことがありました。そこで10大事件風に、日本野球を回顧してみると、どうなるんだろう(以下、番号はつけるが順不同)。

?まずは日本一に敬意を表して、福岡ソフトバンクから。3割打者をズラリと育成した球団の功績については、前回触れた。その象徴的な存在と言えば、柳田悠岐でしょうね。体が反り返るようなフルスイングは、実に爽快である。今季を象徴する一打と言えば、やはりオールスター第2戦で山井大介(中日)から打った、強烈なバックスクリーン弾ということになるだろうか。
 ところで、柳田というとホームランに目がいきがちだが、実は3割1分7厘と打率も残して、しかも33盗塁。このトリプル・スリーも現実のものに見えてくる総合力こそが、彼が今季、日本野球に残したインパクトであろう。

?ソフトバンクとオリックスの熾烈な優勝争い。オリックスはエース金子千尋と強力リリーフ陣を前面に出して、ソフトバンク打線に対抗した。これぞ、ペナントレースの醍醐味である。この戦いを見ていると、実はクライマックスシリーズ(CS)など、どうでもよくなりませんでしたか。ひずみの多い(なのにシステムの改善が議論にならない)プレーオフよりも、優勝争いの魅力を十分に見せつけてくれた。

?前項に関連するのだが、ここでチームや選手ではなく、「あるジャイアンツ女子の涙」というのを入れておきたい。熱狂的な、ある女性巨人ファンのエピソードなのだが、CSで、巨人が阪神にまさかの4連敗で敗退した時、彼女はぼそっとつぶやいた。
「じゃあ、あのペナントレースはいったい何だったんですか?」
 彼女は泣いていた。

 巨人は確かに巨大戦力を集めた強力チームである。最終的には阪神に7ゲーム差をつけてリーグ優勝したけれども、今季に限っては、実は楽勝だったわけではない。強力投手陣といっても内海哲也、沢村拓一は不調。菅野智之は途中で故障離脱。阿部慎之助は打てない。確かに多様な戦力をやりくりする原辰徳監督の手腕が優勝に導いた面はある。熱烈なファンにとっては、苦労の多い優勝だったのである。それをたまたまCSの時期に調子の良かった阪神に連敗して敗退するのは理不尽だ、と彼女は訴えたのである。その涙は、CSという仕組みの、功罪でいえば罪の部分を、たしかに照射していた。

 菊池、人類史上最高のセカンドへ

?少し先を急ごう。今季の日本野球を象徴する出来事といえば、欠かせないのは大谷翔平(日本ハム)でしょう。二刀流で11勝10本塁打。何よりも彼自身が「球速を出しにいった」というオールスターでの162キロ。まぁ、歴史に残る一球といっていいのだろう。これで、多くの論者は、早く投手に専念したらどうか、とおっしゃる。いいえ。来季は15勝20本塁打、という目標でいいのではないですか。

?先日、「サンデーモーニング」(TBS系、11月30日)に出演した山本昌(中日)は、セ・リーグMVPに輝いた菅野に異論を唱えていた。選ばれた菅野も、故障離脱の時期があったため、納得の受賞ではないのではないか、と。「では、山本さんなら誰を?」と聞かれ「メッセンジャー(阪神)とか」と答えていた。さすが。いい答えだと思う。ランディ・メッセンジャーは、今季13勝10敗で最多勝タイ。投球回208 1/3、奪三振226ともリーグトップ。メッセンジャーの年間通しての力投がなければ、阪神の2位はあり得なかった。

?山田哲人(東京ヤクルト)のブレイク。履正社高の山田が甲子園に出場した年、残念ながら小粒な選手が多く、これはすごいという打者は見当たらなかった。強いて言えば、一番いいのは山田かな、と思ったのを覚えている(後からの理屈のようで恐縮ですが)。それにしても、見事な大ブレイクだった。これからの日本球界を背負っていく内野手ですね。ただ、日本代表のセカンドは菊池涼介(広島)にしたいので、山田はサードでどうでしょうか。

?菊池。ファンなんです、彼の守備。日米野球で見せたグラブトスが大きな話題になったけれども、彼の本領はあのプレーではない。むしろ、どんな打球にも、正面に入ってグラブを打球に正対させて取ろうとする姿勢にある。それと、土のマツダスタジアムが本拠地のせいで、イレギュラーは必ずあるもの、という前提に立って打球に反応する。だから、どんなに打球が変化しても、対応する準備ができている。そしてどなたもおっしゃる守備範囲の広さ。

 菊池には、もっともっと高いレベルのセカンドの守備があり得るんだ、という信念を持ってほしい。このオフ、あまりにも称賛されすぎて、ここで満足するのが一番怖い。人間、誰しもそういう生き物ですから。もっと広く、もっと速く守れるのではないか――そういう前人未到の探求心を持ち続けてほしい。そうすれば、メジャーも含めて人類史上最高のセカンドになれるかもしれないではないか。

 マエケン、完封劇に見た“魂の一球”

?則本昂大(東北楽天)の日米野球でのピッチング。日米野球でメジャーのスカウトたちが注目したのは誰だろうか。前田健太(広島)、金子、大谷。順当に言えばそうだろう。でも、実は、彼らが驚いたのはこの3人ではないと思う。野手では菊池の守備。投手では、則本だったのではあるまいか。そのくらい鮮烈な快投だった。ストレートが、まさに伸びていた。
 則本は今季、シーズンを通して順調だったわけではない。苦しんだ時期もある。しかし、おそらくあのあわやパーフェクトという投球で、彼は来季からさらに化けるのではあるまいか。投手としての人生のターニングポイントになる、それくらいの出来栄えだった。

?次に、日米野球からの連想で前田。といっても、日米野球の投球ではない。マエケンは今季、全般に調子は良くなかった。チェンジアップが思うように落ちず、左打者に苦労したのがその要因である。そのマエケンに1試合だけ、完封がある。8月22日の阪神戦。この試合は、広島市の北部で大規模な土砂災害が発生し、多くの犠牲者を出した大惨事(8月20日)の2日後にあたる。球場は地元マツダスタジアムである。選手は、ユニフォームの左袖に黒の喪章をつけて試合にのぞんだ。

 マエケンは立ち上がり不安定だった。1回表、2死二塁で4番マウロ・ゴメスを迎える。もはや詳しく振り返る紙幅はないが、ゴメスは8球粘った。?スライダー?ストレート?スライダー?ストレート?ストレート?ストレート?スライダー?ストレート。8球目のインローいっぱいのストレートで見逃し三振。ここで、「ストレート」と記したのは、すべてインローへの、おそらくはツーシーム系である。148〜150キロ。8球目はコース、威力とも、ものの見事なボールだった。マエケンの今季一番のボールと言いたい。そして、この一球で、おそらくは見る者全員が、この日の完封を確信した。それほどのボールだった。今思い出しても、やはり、あのボールは直接、間接を問わず、大惨事に遭った多くの人々の、いわば魂に後押しされたような特別なボールだったと思うのだ。個人的には、これを今年の日本野球10大事件のトップにしたい。

?最後は、夏の甲子園。東海大四のエース西嶋の投げた、山なり超スローボール。これは冒頭に触れた九州国際大付戦で披露し、見る者を驚嘆させた。まず、彼がこういう発想を持てたことを尊敬する。次に、それを大舞台で実行しえた意志を、深く敬愛する。そして見る者を魅了する見事なボールの軌道が、未だに脳裏によみがえる。今年の10大事件にふさわしい投球というべきである。

 もうひとつ。10大事件とまでは言えないかもしれないが、森友哉(埼玉西武)のデビュー。高卒新人のプロ1号から3試合連続ホームランは、1968年の江島巧以来46年ぶりの快記録だそうだ。プロ野球に新しい時代が来たことを告げるような出来事だった。彼は、大阪桐蔭高時代から、見事にバットが内側から出る、天性の木製バットのスイングをしていた。3年後には、日本一の強打の捕手になることだろう。いや、ならなければならない。

 今回は、田部君子の歌から始めた。彼女は昭和19年、27歳で病没する。実はそれより前に、歌をやめている。戦争讃歌に彩られた世の歌壇に背を向けてのことらしい。その直前に、絶唱というべき作がある。
<玲瓏の玉を抱ける如くにも秋の日に病む幸ひを知る>(同じく『戦争よりも本がいい』より)

 もちろん、戦争と災害では、まるで事態が異なる。結びつけるつもりはない。私は戦争を知らないし、被災者でもない。ただ、「3.11」の後も、今年の「8.20」の後も、野球を見続ける自分がいた。折に触れ、そのことを思う。こうしてあまりにも恣意的な今年の10大事件を書き連ねつつ、改めて、その「幸ひ」を思う。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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