確かにセ・リーグもパ・リーグも、ペナントレースの最後の最後まで面白い展開だった。パ・リーグは福岡ソフトバンクが今季最終戦でオリックスをくだして優勝を飾った。ソフトバンク対オリックスは、正真正銘のペナント争いだったが、セ・リーグの広島、阪神は、2位争いである。クライマックスシリーズ・ファーストステージをどちらが本拠地で開催できるか、という争いだ。それも広島が5日の最終戦に勝つか引き分ければ広島、負ければ阪神が甲子園で開催できる、というところまでもつれた。現行のクライマックスシリーズという制度ならではの盛り上がりである。ただねぇ、結果的にそうなったのであって、今のプレーオフのシステムがベストだとは、とうてい思えないのだが。
 それはさておき、いまだにひっかかっている試合がある。9月27日の中日−広島である。ちなみに、広島は10月1日の阪神との直接対決で2−4と負けたため、5日の最終戦に運命を託すことになった。逆に言えば、ペナントレースのどこかであと1勝できていれば、ぐっと楽に2位を確定できていたはずなのである。

 9月27日の中日戦はエース前田健太が先発。絶好調には見えなかったけれども、それでも8回を7安打10奪三振、2失点の好投。8回表を無失点に抑えて3−2と1点リードを保ったところで、8回裏に代打を送られ降板した。ひっかかるのはここだ。当然、9回表はクローザーのキャム・ミコライオなのだが、正直いって、この1点は守れないだろうと覚悟した。「同点にはなるな。下手すりゃ逆転だな」。ここ数試合のミコライオの出来を見れば、この予想は決して奇抜ではない。むしろ、穏当というべきだ。今のミコライオが9回の1点差を逃げ切れるとしたら、それは運のいい日だけである。

 現実は想像以上に悲惨であった。ミコライオはまったくコントロールが定まらず、2連続四球に、高橋周平の同点二塁打を浴び、一死もとれずに降板。急遽、リリーフに立った中崎翔太も1失点して逆転を許す。広島は9回裏、根性で1点とって追いついたが、さらに10回表に2点失って勝負あり。マエケンに9回続投という選択肢はなかったのだろうか。

 かつての大エースで20勝も経験のあるような投手出身評論家の方々は、よくペナントレースの前半戦でも、9回完投して勝つのが真のエースだ、とおっしゃる。マエケンは、この「古い」考え方には与しないエースである。だからシーズンを通して、基本的には8回、100球を過ぎたあたりで降板する。個人的には、むしろこの考え方を支持する。別に、アメリカかぶれなわけではありませんよ。1シーズン通してローテーションを守るのが、まずは最低限のエースの務めだからだ。春から130球投げて9回完投を繰り返していたら、とうてい秋までもたないだろう。仮に1シーズンはもったとしても、投手生命は確実に短くなる(現ニューヨーク・メッツ松坂大輔の全盛期がなぜ短くなったのか、と考えてみてもいい。西武時代に130球以上投げた完投があまりに多かったのも一因、というのが私見です)。

 だけど、27日はどうなのだろう。ミコライオの調子が万全ならばいい。たとえば、全盛期の岩瀬仁紀(中日)や佐々木主浩のような状態ならば。しかし、今は誰が見ても不安定な状態にある。この1勝さえ確実にとっておけば、ほぼ2位は見えてくる。8回まで118球。次の登板は、10月5日の巨人戦と考えるのが順当だろうから、中7日ある。1年間でもし無理をするなら、ここしかないという条件だったのではないか。もちろん、9回も投げれば130球を越えただろうし、1、2点取られてしまったかもしれない。しかし、それでもベンチが選択すべき戦略は、続投だったのではあるまいか。

 ジーター最終戦、黒田続投の可能性の是非

 状況は違うが、海の向こうでも同じようなシーンがあった。9月25日(現地時間)、ニューヨーク・ヤンキースの本拠地ヤンキースタジアム最終戦である。つまりは、引退するデレク・ジーターのヤンキースタジアム最後の記念すべき試合である。相手は強打のボルチモア・オリオールズ。この試合、ヤンキースの先発は黒田博樹である。黒田は立ち上がり、いきなり2者連続ホームランで2失点。しかし、ここからよく持ち直して、2回からは今季一番かなという好投で0を並べる。2−2の同点から7回裏にヤンキースが3点取って5−2とリード。8回表も難なく無失点に切り抜けた時、黒田の球数は95球だった。

 あのジーターの本拠地最終戦で黒田が完投、12勝目か。あとはショートゴロを1本打たせてほしいな、とか思っていたら、なんと9回表のマウンドに上がったのはクローザーのデービッド・ロバートソンだった。もちろん、黒田が9回も抑えられたかどうかはわからない。ただ、この日の黒田の投球は尻上がりにキレを増しているように見えた。しかも、ジーターの最終戦という特殊な状況である。9回にマウンドに上がるのが、かのマリアーノ・リベラであれば、抑えるだろう。黒田はすでにこの日の異様な球場の雰囲気を克服して好投したけれども、いくら今季30セーブ以上あげたとはいえ、ロバートソンでは、いきなり9回に出てきて普段どおりに投げられるはずがない。1点は取られるだろうな、でも黒田の12勝目は大丈夫だろう、と思っていたら、なんと2本のホームランを浴びて3失点。想定外の同点にまでされてしまったのである。

 結果的には、この同点劇のおかげで、9回裏、この日の主役ジーターがサヨナラヒットを放つという、絵に描いたような幕切れになった(ジーターらしいライト前ヒットだった)。しかし、やはりひっかかる。黒田はこの日が今季最終登板である。9回も投げることに、そんなに無理があったとは思えない。仮に失点したとしても、少なくとも、同点まではいかずに完投できたのではないか。これはもう、ジョー・ジラルディ監督の固定観念というほかない。俗にいう「頭が固い」采配とでも申しますか。「先発投手+100球+8回+リード(セーブ機会)=クローザー」と決まっているのだろう。

 広島の野村謙二郎監督も、ちょっと似たような側面がある。例えばセ・リーグにも予告先発が導入されてからというもの、右投手には左打者、左投手には右打者で打線を組む傾向が顕著である。誤解しないでいただきたいが、エースたる者、必ず9回完投せよ、などと言っているのではない。シーズン最終盤の特殊な状況では、時に、常識を逸脱した発想の采配が求められるのではないだろうか。

 常識というものは、なかなか味わい深い。たとえば、昨今、強いチームは強力な中継ぎ陣をもつ、という常識がある。おしくもペナントレースの優勝は逃したが、今季のオリックスがなぜ首位と僅差の2位と健闘したか、と問われれば、多くの人が、中継ぎ陣の存在をあげるだろう。馬原孝浩、佐藤達也、比嘉幹貴、アレッサンドロ・マエストリ、岸田護、そしてクローザーの平野佳寿へ。この充実したブルペンこそ、オリックスの成功のカギだった、と。

 ただ、常識には、逆もある。確かにこの常識は妥当である。しかし、オリックスが強かったのは、チームがピンチの時に必ずそれを救える大エース・金子千尋がいたからである、ともいえる。去年の日本一に輝いた東北楽天に田中将大(現ヤンキース)がいたように。すなわち、一方では先発完投できる大エースがいるチームが強い、というあたりまえの常識も成り立つ。要は、この常に裏腹な側面を見せる常識をうまくコントロールするところに、勝てる采配というものが生まれるのだろう。

 球数の話に戻る。日本高校野球連盟が、全加盟校にアンケートしたところ、<硬式の49.7%にあたる1964校がタイブレーク制度を選択した>(朝日新聞、9月30日付)というニュースがあった。ちなみに、投手の球数制限という案は、「加盟校のほとんどは部員数、投手数が潤沢ではない(日本高野連・竹中雅彦事務局長)」(同)という理由で、現実的ではないそうだ。で、タイブレークということらしい。

「えっ? 49.7%!? 半分が賛成しているの?」
 と、まずは数字に驚きませんか。少なくとも私はびっくりした。よく見ると、アンケートの内容は、現在行なわれているタイブレーク方式のような、10回から実施というかたちにこだわっていないようだ。導入するなら、延長10回から、13回から、15回から、16回から、という選択肢も設定されている。邪推かもしれないが、こういう選択肢を見せられると、まぁ原則は賛成として、さて何回からが適当か、と考えるものではあるまいか。
 
 でもねぇ、問題はあくまでもそこではなく、「人工的に走者を設定された状況」から試合を始めることの是非であるはずだ。この49.7%という数字が、9月27日の広島や9月25日のヤンキースに見られるような、硬直した常識の形成につながることを怖れる。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
◎バックナンバーはこちらから