全日本女子バレーボールチームは、2012年ロンドン五輪で28年ぶりの表彰台となる銅メダルを獲得した。しかし、それは道半ばに過ぎない。なぜなら、全日本女子が目指しているのは、1976年モントリオール五輪以来となる、金メダルだからだ。
 ロンドンから約2年。この間、全日本女子は常に進化し続けてきた。昨年のワールドグランドチャンピオンズカップ(グラチャン)で披露されたのは、ミドルブロッカーを通常の2枚から1枚にした「MB1」。さらに今年、その進化系として世界を驚かせたのが「ハイブリッド6」だ。果たして「ハイブリッド6」とは、どんなシステムなのか。そして、それによって全日本女子が目指すバレーボールとは――。戦術・戦略コーチを務める川北元に訊いた。
 進化の序章「MB1」

「得点力をアップする」――すべてはそこから始まったという。
「MB1もハイブリッド6も、ミドルブロッカーを減らすという考え方ではなく、どうすれば日本の攻撃力に厚みを持たせることができるか、と考えた結果の戦術なんです」
「MB1」や「ハイブリッド6」の考え方について、川北はこう説明する。

「課題は(ミドルブロッカーによる)センターの攻撃を、いかに機能させられるかにある」
 過去、全日本女子の監督や選手から、幾度となく聞かれた言葉だ。高さでは海外にどうしても劣る日本にとって、センター線の攻撃力をいかに高めることができるかが、大きな課題となっていたことは紛れもない事実であろう。

 そこで編み出されたのが、得点力の高い選手をひとりでも多く起用するため、これまで2枚が常識とされてきたミドルブロッカーを1枚にして、サイドから攻撃するウィングスパイカーを3枚から4枚に増やした新システム「MB1」だった。そして日本は、昨年11月のグラチャンで2001年以来3大会ぶりとなるメダル(銅)獲得という結果を出したのである。

「MB1」を練習で取り入れて約1カ月半でのメダル獲得に、確かな手応えを感じたに違いない。だが、それがそのままリオでの金メダルにつながるとは思えなかったこともまた事実だろう。日本は、ロンドン五輪金メダルのブラジルにはストレート、同銀メダルの米国にはセットカウント1−3で敗戦を喫していた。大会最終日、眞鍋政義監督はこう語っている。
「今後もMB1を続けるかどうかは、これから考えていきたい。ルール的にも従来の布陣がベストだとは思うが、実際日本のミドルブロッカーは世界と比べて得点が少ない。一方で、(ミドルを少なくすれば)ブロックはどうするのかということもある。ミドルブロッカーを1人にするのか、2人に戻すのか。それとも3人に増やすのか、ゼロにするのか……今の段階では、まだわからない。今大会をしっかりと検証していきたい」
「MB1」は、リオに向けた進化の始まりに過ぎなかったのである。

 思い出された原点回帰の重要性

 グラチャン後、「MB1をより効果的にした、さらにいいものをつくっていこう」という眞鍋監督の掛け声のもと、全日本女子チームでは翌シーズンに向けた検証が行なわれた。眞鍋監督が考えていたのは、「ミドルブロッカーが1人でも2人でも、さらにはゼロでも、やり方次第では、いろいろな可能性がある。固定概念なくして、さらに可能性を広げていこう」というものだった。そこで、それをどう具現化していくのか、スタッフ全員で率直な意見を出し合い、何度も話し合いが行なわれた。

 海外チームから指導要請を受け、グラチャン後にトルコに渡った川北にも、眞鍋監督の考えが伝えられた。早速、川北は検証にとりかかった。その時、ふと思い出したのが、昨夏、全日本女子チームで米国遠征に行った際に聞いた、現米国バレーボール協会会長のダグ・ビルの話だった。ビル会長は、監督として1984年ロサンゼルス五輪で米国男子代表を金メダルに導いている。この時、ビル会長が編み出したのが、今では主流となっている「リードブロック」だった。

「ビルさんがリードブロックのヒントにしたのは、ロサンゼルスの8年前、モントリオール五輪で金メダルに輝いたポーランドチームだったそうです。ビルさんの印象に残っていたのは、ミュンヘンに続いて連覇を狙っていた日本との準決勝。当時、世界一速かった日本のコンビネーションに対して、ポーランドだけがかく乱されず、ワンタッチをとってレシーブにつなげていた。なぜなんだろう、と疑問に思ったビルさんは、何度もビデオを見返したんだそうです。そうして生まれたのがリードブロックだったと。

 でも、最初は何度も失敗したそうです。それでも検証を繰り返しながら、諦めずに続けた。その結果、世界に通用するシステムを完成させ、そしてロサンゼルスで金メダルを獲ったと。その話を思い出して、眞鍋さんが言う“新たな可能性”を引き出すには、過去に戻って検証する必要があるのかもしれない、と思ったんです」

 そこで川北は、過去の五輪はもちろん、現在のVリーグの前身である日本リーグ(男子)のビデオを何度も何度も繰り返し見た。すると、「こんなにも、いろいろとやっていたんだ」という発見がいくつも出てきたという。
「例えば昔の日本リーグでは、レフトのポジションからセッターの後ろに入って時間差で打っていたり、そのままライトに入ってブロックしたりと、自由な発想でバレーボールが行なわれていたんです。現在のバレーボールは役割分担を明確にしている分、少し型にはまり過ぎている部分があるのかもしれないと感じました。そこから、こんなことができるんじゃないか、あんなこともできるんじゃないかという案が出てきたんです」

 もちろん、他のコーチ陣、アナリストもそれぞれの視点から、それぞれの方法で検証し、意見を出し合った。それを最終的に眞鍋監督がまとめ上げ、ようやくかたちになったのが、5月の代表合宿直前だったという。5カ月にも及ぶ時間を要して誕生したのが、「ハイブリッド6」だった。川北はこう語る。
「眞鍋さんは、ぼくたちスタッフをうまく使ってくれているなと思いますね。みんなの意見を聞こうとしてくれますし、ある意味、責任を与えてくれている。だからこそ、僕たちもやりがいをもって、本気で取り組めるんです。眞鍋さんには、自分たちの経験値を高めていただいているなと感謝しています。そして、ハイブリッド6はみんなの意見が集約されたものなんです」
 眞鍋監督が考え出した新システムは、全日本女子チームの結束力によって具現化されていったのである。

 “ポジション”ではなく“能力”をいかす考え方

 さて、「ハイブリッド6」は、現状では結果的にミドルブロッカーが1枚ないしはゼロのかたちをとっているため、そのことが注目されがちだが、「ミドルが減った、ウィングが増えた」という考え方は、実はこのシステムを理解するうえではそぐわない。「ハイブリッド6」は、ウィング(サイド)、ミドル(センター)といった、ポジションの既定概念を取っ払ったうえで、どの選手をどこのポジションに置き、どう動かすことで、チームが機能するか、ということに焦点が当てられて導き出されたシステムだからだ。つまり、「ポジション」で考えるのではなく、「選手の能力」を引き出そうという意図によって、役割が決められている。

 川北は言う。
「“混ぜ合わせる”という意味の“ハイブリッド”という名称の通り、従来のウィング、ミドルそれぞれの役割を混ぜ合わせているんです。だから、ウィングも少し後ろに下がって、バックアタックのようなかたちでフロントでも打つし、そのままセンターエリアでブロックもする。また、ミドルでもサイドからアタックをするし、時にはそのままサイドでブロックをする。ポジションにとらわれることなく、選手たちの能力を最大限に引き出せるように配置したのが“ハイブリッド6”なんです」

 では、「ハイブリッド6」によって、日本の攻撃力はどう高められたのか。それは、得点力の分散である。従来のように、1人や2人のエースに頼るのではなく、(セッターを除いた)コート上の5人全員が平均的に得点を取ることができれば、相手チームにとってこれほど嫌なものはない。これまでは両ウィングに対して注意を払ってさえいれば良かったのが、5つのポジションすべてにアンテナを張り巡らさなければならないからだ。また、自分たちにとって、体力の消耗を減らすことができるというメリットもある。
 この「ハイブリッド6」によって、早速もたらされたのが、今年8月に行なわれたワールドグランプリで獲得した銀メダルだったのである。

(後編につづく)

川北元(かわきた・げん)
1976年、東京都生まれ。順天堂大学バレーボール部で活躍。同大学大学院卒業後の2001年、コーチングを学ぶために単身渡米する。現地の大学や米国女子代表チームで分析や指導を行ない、08年には北京五輪で米国女子代表チームの銀メダル獲得に貢献した。同年、眞鍋政義現全日本女子チーム監督からの誘いで、久光製薬のコーチ兼通訳となる。09年からは眞鍋監督の下、全日本女子チームの戦術・戦略コーチを務め、現在に至る。

(文・写真/斎藤寿子)
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