江口実沙(プロテニスプレーヤー)<前編>「1年前の雪辱でつかんだ日本女王の座」

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 2014年11月8日、有明コロシアム。全日本テニス選手権、女子シングルス決勝。相手のバックハンドがサイドラインを割ったのを確認すると、江口実沙は満面の笑みを浮かべながら両手をあげ、喜びを爆発させた。「普段は(勝っても負けても)ほとんど泣かない」という彼女の目からは、涙がこぼれていた。それは1年前に流した涙の雪辱を意味していた――。
「絶対に強くなって戻ってくる」。江口がそう強く心に誓ったのは、13年11月の全日本選手権である。初めてベスト4に進んだ江口だったが、準決勝で敗退。それも第1セットを先取し、第2セットもリードしていながら、結局フルセットの末の逆転負けだった。
「私は負けてもほとんど泣くことはないんです。でも、あの時は本当にショックで……。準決勝という舞台で勝てなかったことが本当に悔しかった。リードしていて、あと一歩というところまでいっていたのに……自分の気持ちの弱さを痛感しました。だから、来年はもっと強くなって、この舞台に戻ってこようと思ったんです」

 翌年の14年シーズン、江口は目覚ましい躍進を遂げた。2月のバーニー国際大会でITFサーキットでは3年ぶりに優勝すると、7月にはWTAツアーで予選を突破し、本戦に出場。その本戦でも初戦で世界ランキング36位(当時)のマグダレナ・リバリコバ(スロバキア)を破る金星を挙げ、その余勢を駆って2回戦も突破し、ベスト8に進出した。その後も好成績を残した江口は、前年末は289位だった世界ランキングを10カ月で127位にまで上昇させた。そして、日本選手権では初めて第1シードでの出場となり、優勝候補の筆頭に躍り出ていた。

 迎えた全日本選手権、江口は順当に勝ち進んだ。しかも準決勝まですべてストレート勝ちと、好調ぶりがうかがえた。だが、結果だけを見れば、“順調”そのものだったが、江口自身は「どの試合もいっぱいいっぱいだった」という。
「特に、初戦の前日はもうガッチガチで、ずっと『どうしよう、どうしよう』ばかり言っていたんです。夜も緊張で、ほとんど寝ることができませんでした」
 試合前日はいつも緊張するという江口だが、第1シードという肩書きがさらに彼女にプレッシャーを与えていた。

 それでも6−0、6−2と、トップ選手でも難しいと言われる初戦を快勝したことで、緊張も少し和らいだという。だが、今大会も“準決勝の壁”は厚かった。相手は“瀬間姉妹”の妹・詠里花。第1セット、5ゲームを連取し、試合の主導権を握った江口だったが、その後、瀬間に3ゲームを立て続けに奪われた。
「出だしは相手の方が緊張していて、ミスが早かったので、楽にゲームを取ることができました。でもそれで、ちょっとミスを期待してしまいましたね。逆に向こうは開き直って、いいプレーが出るようになったんだと思います」
 しかし、江口は瀬間の猛追を振り切り、このセットを6−3で奪うと、第2セットは7−5で競り勝ち、1年前、あと一歩のところで届かなかった決勝進出を決めた。

 準決勝まですべてストレート勝ちを収めたことについて、江口はこう語る。
「正直、大会前はもっとたくさん競るかなと思っていたんです。ずっと緊張もしていましたし……。そういう部分では自分が思っていた以上に、力がついたのかなと思いました」

 トイレブレークでスイッチオン

 迎えた決勝、相手は2歳下の澤柳璃子。173センチと長身の江口とはちょうど10センチ差の163センチの澤柳だが、多彩なショットを武器に相手を揺さぶることを得意としているプレーヤーだ。彼女もまた、準決勝まで1セットも落とさずに来ていた。

 江口がプロ宣言して以降、澤柳とは過去3度対戦したことがある。11年の国際大会では2度とも江口が澤柳を破っているものの、14年の室内選手権ではフルセットの末に、江口は澤柳に敗れていた。果たして、江口は決勝の相手として澤柳をどう見ていたのか――。
「プレースタイル的には、嫌な相手ではないんです。ただ、この大会の璃子ちゃんには勢いがすごくあったので、ちょっと嫌でしたね」

 江口の予想は的中した。第1セット、江口は最初の2ゲームを連取しながら、そこから1ゲームも奪うことができずに、2−6で落としたのだ。内容を見ても、押していたのは明らかに澤柳だった。
「最初はどちらも緊張していて、うまくいっていなかった中で、向こうのミスでなんとか2ゲームを取ったという感じでした。でも、相手の方が緊張がとれるのが早かったですね。3ゲーム目以降は、思い切りプレーしてきていました。私は勝ちたいという気持ちが強すぎて、思い切ることができず、守りに入ってしまったんです」

 第1セット終了後、江口はトイレブレークをとった。一度、冷静になる時間が必要だと考えたのだ。果たして、この判断は正しかった。コートに戻ってきた頃には、江口の気持ちは切り替わっていた。
「第1セットを落とした時は、正直『ちょっと勝てないなぁ』と思っていたんです。でも『このまま終わったら、力を出せずに負けることになる。それでは後悔することになるだろうな。それは嫌だな。だったら勝てなかったとしても、とりあえず後悔さえしなければ、まだいいかな』と考えて、だったらもう少し思い切ってやってみようという気持ちでコートに戻りました」

 思い切りの良さを取り戻した江口は、第2セットの出だしで3ゲームを連取してリードを奪うと、そのままの勢いでこのセットを6−1で奪った。これでセットカウント1−1。勝負の行方はファイナルセットへと持ち込まれた。

 逃さなかった勝負どころ

 ファイナルセットは、江口のリターンゲームから始まった。江口はこの1ゲーム目を取って流れを引き寄せたいと考えていた。ところが、相手に3本連続で奪われ、あっという間に0−40。江口は正直、「あぁ、ダメか。まぁ、リターンだから仕方ないな」と半ばこのゲームを諦めたという。それがかえって、江口の気持ちを楽にしたのだろう。逆に守りに入った相手の消極的なプレーを見逃さず、2本連続でウィナーへとつなげた。そして相手のミスでデュースへと持ち込むと、3度のデュースの末に江口が競り勝った。

「ファーストゲームを取れたのはラッキーでした。璃子ちゃんが攻めきれなかったということだったと思いますが、私にとっては大きな1ゲームでしたね」
 ゲームポイントが決まった瞬間、会場には「Come on!」という江口の声が響き渡った。小さくガッツポーズする江口の姿が、このゲームがいかに重要かを物語っていた。

 2ゲーム目以降、試合を優位に進めたのは、やはり江口だった。途中、右足がけいれんを起こすなど、疲労が目立った澤柳に対し、江口はまったく疲労を感じていなかったという。スタミナの面においても、江口に分があった。

 江口リードの5−2で迎えた8ゲーム目、澤柳がラブゲームで奪った。だが、江口に焦りはなかった。
「もちろんそのゲームで決めたいという気持ちはありましたが、相手も後がないわけですから、攻めてくることはわかっていました。それで落としたのなら仕方ない、という気持ちでしたね」

 勝負どころは次の9ゲーム目だったと江口は振り返る。「ここで取れなかったら、負けてしまう」という危機感があったという。
「5−4になったら、並ばれたも同然。だから、勝つにはこのゲームを取るしかない、と思っていました。9ゲーム目はめちゃくちゃ集中しましたね」

 相手のミスが続き、江口が3ポイント連続で奪い、マッチポイントを迎えた。長いラリーの末に澤柳が1本返して、40−15。そして、ついにその時が訪れた。澤柳のバックハンドがラインを割った瞬間、江口の初優勝が決まった。
「あの瞬間は、嬉しいのひと言しかありませんでした。テニスプレーヤーなら、誰もが欲しいタイトルですからね。今大会は第1シードをもらって、すごくプレッシャーがあった。これまでで一番精神的にはきつかったです。そんな中で勝つことができて、ほっとしました」

 沢松奈生子、伊達公子、杉山愛――日本女子テニス界を牽引してきた、名だたるプレーヤーとともに、歴代優勝者にその名を刻んだ江口。次に狙うのは、もちろん世界である。(1月13日現在)世界ランキングは、日本人では43位の奈良くるみ、101位のクルム伊達公子、108位の土居美咲に続く121位。100位以内に入れば、グランドスラムで予選なしの本戦ストレートインの可能性が高くなる。“その時”は、もうすぐそこまで来ている――。

(後編につづく)
 
江口実沙(えぐち・みさ)
1992年4月18日、福岡県生まれ。小学2年からテニスを始め、中学3年時には単身で富士見丘中学(東京)へ転向する。富士見丘高校卒業後の11年、プロに転向。14年7月には、WTAツアーのバグー・カップでベスト8進出。同年11月の全日本選手権で初優勝を果たした。1月13日現在、世界ランキング121位。北日本物産所属。

(文・写真/斎藤寿子)
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