「東京マラソン チャリティ“つなぐ”」で2015年大会から登場した「スポーツ・レガシー事業」。以前、このコーナー(>>第157回「東京オリンピックで残すもの」)で書かせていただいたように、レガシーといっても、その範囲は広すぎて意外に難しい。そこでマラソン財団としてテーマにしたのが「スポーツの夢(強化育成)」「スポーツの礎(環境整備)」「スポーツの広がり(普及啓発)」「スポーツの力(社会貢献)」の4つ。これでも広いなぁ……。どれももっともな項目であるのだが、皆さんから預かったお金をどう使っていくのがいいのか。限られた財源で、効果を出すのは非常に難しいところである。
(写真:先生も生徒もグランドでは元気一杯! (C)東京マラソン財団)


 ただ、難しいからといって黙って座り込んでいては何も始まらないのは、スポーツでも事業でも同じ。同財団は第一弾として、スポーツ・レガシー事業のファンドレイザーを集めて、座談会を行うことになった。「ファンドレイザー」とは、寄付を集める役目をする人のことで、「資金調達担当」という位置付けである。単にお金を集めるのではなく、使命を達成するために必要なあらゆる「資源」を集め、解決すべき問題に対処していくのが役割だ。つまり、「想いをカタチにする係」ということ。だから今回、スポーツ・レガシーのファンドレイザーを務めるメンバーは、チャリティでお金を集めるのはもちろん、レガシーをどう作っていくのかも考えて行動していかなければならない役目がある。

 メンバーはビーチバレーボール元オリンピック代表の朝日健太郎氏、シンクロナイズドスイミング元オリンピック代表の松村亜矢子氏、アメリカンフットボールの井上友綱氏、そしてトライアスロンからは僕、白戸太朗という面々だ。4人ともにふだんから「社会とスポーツ」という見地で考えをもって活動しているので、様々な意見をかわすことができた。

 スポーツの意義への理解を

 まずレガシーのとらえ方で多かったのは、人材育成の必要性だった。競技スポーツ、生涯スポーツ、どちらを進めるにあたっても指導者が育っていない現状では、広がりもないし、競技力の向上もない。もちろんハード面も大切だが、指導や技術もレガシーである。僕たちが培ってきた経験や、獲得してきたノウハウを、後輩たちに伝えていく事こそが遺産の継承だと思う。

 またハードの問題では、既存の施設をもっと効率的に使用できないかという意見もある。施設を作るには高額な費用がかかるが、今ある施設を使えるようにする工夫は、知恵を絞れば低予算でできるはずだ。具体的には、世界的にみても恵まれた運動施設が多い日本の学校を、もっと開放できる仕組みを作る必要があるのではという意見も出てきた。やはり指導者と場所が整わなければ、運動の機会は圧倒的に減ってしまう。国民の体力低下は医療費高騰にもつながるので、このあたりはレガシー以前に国策として取り組む必要があるだろう。
(写真:体育館で開催された特別教室 (C)東京マラソン財団)

 スポーツによるグローバル化という意見もあった。スポーツを通して世界的な見地を持てるようにする。最終的にスポーツの仕事に就く人は少なくても、世界に出ていくきっかけになるはず。世界を目指す選手たちを応援する仕組みは、結果的に国際人を作りだすことにもつながるのではないか。スポーツそのものが世界の共通言語となりえるし、言葉が通じなくともスポーツでお互いを理解し合えたりする。「スポーツ外交」なんていう言葉もあるが、スポーツをきっかけにコミュニケーションを図ることもできる。

 また地域の一体感を醸成するという意見もあった。スポーツイベントを通じて、地域が盛り上がり、様々な立場の人が一つに集まる一体感。マラソンやトライアスロンでの事例にもあるように、こうやって地域住民のスポーツに対する理解を深めていく事が大切ではないか。それが、来るべき2020年までに東京が、いや日本が行うべき施策ではないだろうか。

 東京マラソンの価値

 そんな議論の後は、東京マラソンの活用についてディスカッション。やはり東京マラソンは、都会の真ん中でやるマラソンであることに価値がある。まず、世界一流の走りを生で見ることができるのは大きい。どのスポーツにおいても、世界一流のパフォーマンスをLIVEで見ることはとても重要である。それを身近な場所で見られることは素晴らしい機会だ。それに一流アスリートだけではなく、普通の大人が頑張っている姿を見ることも大切ではないか。人が頑張っている姿は、人の心に何か訴えかけるものがある。沿道には100万人を超える観客が集まる。子供はもちろん、大人にも刺激になるはずだ。そんな機会があるのもいい。

 そして、1万人のボランティア。ボランティアをすることで、現場で多くの刺激を受け、人を支えることを学ぶ。素晴らしい教育の機会創出である。マラソンというものが走る人だけではなく、ボランティア、観客という参加形態もある事を我々に教えてくれている。これらがスポーツの理解につながり、価値観の共有によるコミュニティ形成につながってくる。これこそが2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて東京が取り組むべき課題。大会後のレガシーの前に、まず我々は迎える準備を醸成する必要があるだろう。
(写真:ミニマラソンでは裏方も体験 (C)東京マラソン財団)

 その後、座談会の会場となった江戸川区立二之江第三小学校の生徒に特別授業を行い、ミニ東京マラソンを開催した。そこでマラソンは走る人だけでなく、ボランティアや観客や裏方などと、多くの人に支えられて成り立つことを体験してもらった。教室では緊張気味の子供たちも、グラウンドでは動きが違う。そして4人の臨時先生も、体育会系らしくグラウンドで跳ねまわり、盛り上がった1日だった。

 きっとこの日、一緒に走った子供たちには、何か伝わっているだろう。その効果や反応は、来月とか来年とかというスパンではないかもしれない。でも、彼らが成長の過程で、いつかふと思い出したりするときがくるのではないかと信じている。そんな「長い目で見る事業こそがレガシーでやるべきことではないか」と思いながら彼らに別れを告げた。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。13年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


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