はじめまして。今季より、新潟アルビレックスBCの監督を務めます、赤堀元之です。私が藤橋公一社長から打診をいただいたのは、昨年11月末のことでした。はじめは驚きましたが、素直に嬉しいと思いました。BCリーグとの縁は、オリックスのコーチ時代にありました。オリックスのピッチャーがレンタル移籍というかたちで、福井ミラクルエレファンツに派遣されていたのです。彼らを観るために試合を視察したこともあったのですが、そこにはNPBを目指して、懸命にプレーしている姿がありました。今回、そのような現場に監督として迎えていただき、とても光栄に思っています。
 監督として私が第一に選手たちに求めたいのは、野球の技術ではありません。まずは規律を守り、挨拶をきちんとすることです。実は、オリックスの森脇浩司監督が、非常に規律に厳しい方なのです。しかし、だからこそオリックスはあれだけ強くなったのだとも言えます。私も選手には野球うんぬんの前に、社会人として当たり前のことを、きちんとやれる人間であってほしいと思っています。

 そしてグラウンドでは、最後まで諦めない姿勢など、気持ちを見せてほしいと思っています。野球は最後まで何が起きるかわからないスポーツです。私が現役時代、そのことを最も感じたのは1994年の西武(現埼玉西武)との開幕戦で浴びたサヨナラホームランでした。この試合、先発をした野茂英雄さんが8回までノーヒットノーランのピッチングをしていました。最終回は先頭打者にヒットを打たれたものの、3点をリードしていましたし、私は当然そのまま最後まで野茂さんでいくと思い込んでいました。ところが、1死満塁となった場面で、スイッチを告げられたのです。

 もちろん、マウンドに上がるからにはしっかり抑えようと思っていました。しかし、正直準備ができていませんでした。結果は伊東勤さん(現千葉ロッテ監督)に逆転サヨナラホームランを打たれたのです。今思うと、気持ちにちょっとした隙間があったからではないかと思います。1球の大事さを痛感し、気持ちの面がいかに重要かを思い知らされた一発でした。

 理想像は仰木監督

 さて、理想の監督像といえば、やはり私の場合は現役時代にお世話になった仰木彬さん(故人)です。仰木さんは他の人が考え付かないような“閃き”で采配していたと思われがちですが、実は裏で地道にいろいろなことを調べていたそうです。私も現役時代は、そうした意外な面に気づきませんでした。知ったのは引退して指導するようになってからのことです。やはり、ベースとなるものがあってこその“閃き”だったんですね。

 また、コミュニケーションにおいて、仰木監督はいつもにこやかで、私たち選手としてはとても近づきやすい監督でした。私もそういうスタンスでいたいと思っています。そして、とにかくまずは選手の話を聞くこと。もちろん、私の方からも言いますが、一方的にならずに、きちんと会話のキャッチボールをしていきたいと思っています。

 私が考える野球は、やはりバッテリーを中心として守って勝つ野球です。そのためには、まずピッチャーには最少失点で抑えることが求められます。前述した通り、野球は最後まで何が起きるかわかりません。ですから、打たれても決して手を抜かないこと。「まだ、大丈夫」と気持ちを切り替えて、諦めない姿勢を貫いてほしいと思います。全体的にはスピーディな野球を新潟の皆さんに見せたいと思っています。そして、最後は独立リーグ日本一という最高の結果をつかめるよう、チーム一丸となって戦っていきますので、熱い応援をお願いします。

赤堀元之(あかほり・もとゆき)>:新潟アルビレックスBC監督
1970年4月7日、静岡県生まれ。静岡高時代は2年時にエースナンバーを背負い、夏の甲子園に出場した。89年、ドラフト4位で近鉄に入団。主にクローザーとして活躍し、最優秀防御率1回、最優秀救援投手5回を獲得する。04年限りで現役を引退し、翌年からオリックスのコーチを務める。10年には韓国のSKワイバーンズのコーチを務め、11年に再びオリックスのコーチに就任した。15年シーズンより、新潟アルビレックスBCの監督となる。
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