再び黒田博樹の生き方について

 前回、黒田博樹(広島)には文書ではなく、会見の形で広島復帰を語ってほしかった、と書いた。なぜなら、そうすれば、記憶に残る名言が聞けるに違いないから、と。あの時点で発表されていた文書の形では、黒田が一人で考え抜いた、いわば思考の現場とでもいうべきものが感じとれないではないか。と思っていたら、やってくれました。1月15日(現地時間)、自主トレを行っている米ロサンゼルス近郊で自ら口を開いた。果たして、それは名言というにふさわしい内容だった。
 実は報じたメディアによって細部の表現に若干の異同があるのだが、ここは各紙を“校合”して、再現してみたい(ちなみに読み合わせたのは、日刊スポーツ、スポーツニッポン、デイリースポーツ、朝日新聞)。
<(メジャーへの)未練がないと言えばウソになるし、それだけの覚悟を持ってアメリカに乗り込んできた>
<今年2月で40歳になりますし、あと何年野球ができるかわからない。それを考えたときに、カープで野球をすることのほうが、一球の重みを感じられるんじゃないかと判断しました>

 極めつきは、ここからである。
<当然、アメリカで投げることにも重みがある。ただ、僕に残された球数は、そんなに残ってないと思う。気持ちを含めて、そっちのほう(広島)が充実感があるんじゃないかと判断しました>
 何度読んでも、いいですね。「僕に残された球数はそんなに残ってない」――名言と言うべきでしょう。

 なぜならば、人が人生の決断を迫られる局面を迎えた時、この考え方には、ある種の普遍性が宿っているからだ。いや、10代や20代ならば、そういう発想は必要ないかもしれない。しかし、中年以上の人が何らかの決断を迫られた場面を考えてみればよい。もちろん、見る前に跳べ、とばかりに決断することもあるだろう。しかし、人はどうしてもその時点で自分に分配されている将来というものを量らねばならないはずだ。

 そんな時、きっと、この言葉は心に響く。「自分に残された球数(=現役として社会で活動できる時間、能力)は、あとどれくらいあるか」と自ら推し量り、判断材料にすること。それはとりもなおさず、ひとりの人として生き方を模索するうえでの、有力な道筋の呈示といえる。銘記しておきたい言葉である。

 会見で垣間見えたイチローの決断

 もうひとり、重大な決断を下したスーパースターがいる。イチローである。黒田と同様、ヤンキースからFAになっていた彼は、マイアミ・マーリンズと1年契約を交わしたことを発表したのである。

 実は、個人的には、折にふれて目にするイチローのコメントはあまり好きではない。なんだか、禅問答めいてややこしい言い方が多いと思いませんか(これは、イチローのような高いレベルの野球論を理解できないだけでしょ、と言われれば引き下がるしかないのだが)。ただ、1月29日に行われた会見は、なかなか素敵だった。(以下、引用は「日刊スポーツ」1月30日付による)

<数字はもちろん大切なもの。これがなくては、現役を続けていくことはできない。ただ、それがすべてではない、ということは、はっきりと言える>
 ね、いいでしょ。これも、巧まずして人生の普遍的な真理を射抜いてはいないだろうか。誰しも、現役(=仕事、社会的行為)を続けていくうえでは、あらゆる仕事が経済活動という側面をもつ以上、数字を意識せざるを得ないだろう(もちろん、ここでイチローが直接指しているのは、メジャー通算3000本安打という数字だが)。だけど、断じて「それがすべてではない」のである、人生は。ここですねぇ。

 もうひとつ、面白いくだりがあった。
<「これからも応援よろしくお願いします」とは、僕は絶対に言いません。応援していただけるような選手であるために、自分がやらなくてはいけないことを続けていくことをお約束して(後略)>
 なるほど。ややいつもの、肯定命題をあえてひっくり返して否定命題にして語るような発想に見えなくもないが、でも、この言葉にはおおいに納得し、感動すらしました。彼と凡百の選手たちを隔てているものが、透けて見えるようだ。

 黒田には黒田の、イチローにはイチローの、決断がある。いずれも、自ら深く考え続けた末の決断だったはずである。それが、彼らの発した言葉からにおい立ってくるようだ。

 “グリエル兄弟”は“モリーナ兄弟”級になれるか!?

 さてさて、プロ野球はキャンプまっさかり。それぞれの決断を経てプロ野球に身を投じた選手たちの、いわば再生の時である。
 今季の注目を挙げてみよう。多分、最大の注目は、今のところ、黒田復帰の広島なのでしょうね。「カープ男子」としては、以下延々とカープを語りたおしてもいいのだが、まぁ、自重しておこう。

 今季、もしかして面白いのではないかな、と思うのは、横浜DeNAである。単純に、久保康友(昨季12勝)、井納翔一(同11勝)、ギジェルモ・モスコーソ(同9勝)と先発投手が揃っている。打者も、筒香嘉智や梶谷隆幸などがいて、あなどれない。何よりも、グリエル兄弟と契約に合意したらしい、というのが楽しみだ。兄ユリエスキ・グリエルの実力はすでに実証済みだが、弟ユニエルキス・グリエルは、どんな選手なのだろう。正直言って見たことがありません(笑)。まだ21歳の内野手だそうだ。

 例えば、メジャーリーグには、モリーナ3兄弟というのがいる。3人とも名捕手でならしたけれども、早くから、なかでも三男のヤディエル・モリーナ(カージナルス)が最も才能があると言われてきた。そして、今や、彼はメジャーのナンバーワン捕手と評価される。同じことが、もしユニエルキスに起きたら、すごいんじゃなかろうか。兄ユリエスキより才能に恵まれた内野手など、そうはお目にかかれない(ちなみにユニエルキスも三男だそうだ!)。

 もちろん、巨人も阪神も楽しみではあるけれど、戦力的には、昨季とあまり変わりませんね。いきなり出てくるかどうかは別として、この2チームの中では、巨人のドラフト1位、高卒野手の岡本和真が気になる。というのは、彼は高校時代、あの恵まれた体格で、金属バットでガンガン飛ばしていたわけである。果たして、木製バットで、プロの投手のスピードとキレについていけるのか、というのは大きな関心事となる。

 高校生スラッガーを見極めるのは本当に難しい。金属バットのスイングなのか、しっかり内側からバットの出る木製に対応できるスイングなのか。岡本ほどの体格とパワーがあると、打球がなんでもぶっ飛んでいくから判然としない。ただ、私は、智弁学園で甲子園に出た時から、この人はバットが内から出ているように見えた。すなわち、プロでも通用するスイングの持ち主と判断していたのである。

 過日、少し嬉しいニュースがあった。かの松井秀喜氏が、巨人のキャンプを訪れ、岡本のフリー打撃を見たというのだ。その時の松井氏の評。
<スイングの軌道が一定なのがいい。バットが内側からしなるように出てくる>(「サンケイスポーツ」2月4日付)
 少なくとも現時点では、私の見立ては、そう外れていないらしい。もしかしたら、将来、打率も本塁打も、高い数字を残せる打者になれるかもしれない。

 3年目・大谷、未知の領域へ

 セ・リーグばかり論じてますね。もちろん、パ・リーグにも注目は数多くある。松坂大輔が加入した福岡ソフトバンクの連覇はなるのか。松坂はどうなのか。黒田の2ケタ勝利は、いくらなんでも堅いと思うが、松坂の場合は、投球フォームがかつてとはかなり変わっている。悲観的な予想をする人も多い。そりゃ、個人的には、西武ライオンズに入団した1年目、2年目の、右腕のフォロースルーが左膝に巻き付くようなフォームが好きだ。しかし、年月を経て、環境も体も変化し、その結果として、今のフォームがある。正直、日本のボールを持って日本のマウンドに立つ姿を見るまでは、わからないとしか言いようがない。

 そして最後に、今季の日本野球の最大の注目は、大谷翔平(北海道日本ハム)である、と断言したい(なぜ、広島と言わないのか、とカープ男子・女子から叱られそうだが)。3年目を迎える大谷は、もともと大きな体に、一本芯が通ったというか、実がつまったとでも言うべきか、とにかく強さを感じさせる。投げるにせよ、打つにせよ、昨季とは一段上の力強さを発揮する、と見る。

 彼の言葉に、「理想は(体が)細くて、重くて、長くて、しなる棒のイメージ」(「スポーツニッポン」2014年12月2日)というのがある。これもまた、おそらくはすべてのアスリートに通じる、イチロー級に普遍的な、真理に迫る名言だろうと思う。そして、どうやら大谷は、このみずからの理想を実現するために、すなわち、それこそ「応援していただけるような選手であるために」、人知れず「やらなくてはいけないことを続け」ていると、見えるのだ。

 15勝、3割、20本塁打――。無茶を承知で申し上げるが、少なくとも可能性として、そういう領域へ向かう選手を、我々は今季、目撃できるかもしれない。最大の注目と断ずる所以である。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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