なぜか、夏目漱石『夢十夜』の有名な書き出しを思い出していた。
「こんな夢を見た。」
 だから、こう書きおこすことにする。
 こんなシーンを見た――。
 カープ、お家芸の二塁牽制

 2月28日、名護で行われた北海道日本ハム−広島の練習試合である。
 6回裏、日本ハムの攻撃。投手は広島・野村祐輔。
 先頭のブランドン・レアードは空振り三振。最後はおそらくフォークだと思うが、よく落ちた。
 次ぐ岡大海が、ストレートをとらえて三遊間ヒット。石川亮の送りバント成功で、2死二塁となった。
 迎える打者は9番中島卓也。チェンジアップを打ったショート前への弱い当たりが内野安打になって、2死一、三塁。さすが昨年28盗塁を記録しただけのことはある。足が速い。

 ここからである。打席には1番西川遥輝。俊足強打。こちらは昨季43盗塁に8本塁打。いい左打者に育ってきた。
 さて、西川の打席。
(1)チェンジアップ(あるいはフォーク?) 空振り。
 中島、すかさず二盗。捕手・會澤翼は三塁走者のスタートを牽制する動きで重盗を警戒し、送球はせず。2死二、三塁となった。
(2)外角高目 シュート? ボール
(3)内角低目 フォークかな? 空振り 
(4)チェンジアップ ボール
 この日の野村は落ちるボールのキレがいい。ただし岡に打たれたようにストレートはいまひとつ。カウント2−2。

 さて5球目は?
 會澤、構えに入って……、次の瞬間、野村がターンして二塁牽制!
 ここで、解説をはさみたい。
 この二塁牽制プレーは、ここ数年、カープのお家芸のひとつである。もっともうまいのが、前田健太−石原慶幸のバッテリーだ。おそらく、石原のサインを出すタイミングとマエケンのターンの俊敏さがぴったり合うのだろう。

 実際に二塁走者を刺したシーンは、何度もある。
 正捕手候補の會澤も、ローテーション投手をめざす野村も、このお家芸は継承していかなければならない。その意味では、当然のサインだった。

 もうひとつ補足しておく。三塁走者の岡は、ルーキーイヤーだった昨年は、左足の骨折と足裏の靱帯断裂でほとんど1年を棒に振ったけれども、俊足巧打の外野手である。

 日本ハム、絶妙のトリックプレー

 それでは、野村がターンした場面に戻る。
 おおっと、二塁走者・中島、帰塁が遅れて挟まれた……と思ったつぎの瞬間、三塁走者・岡はホームを駆け抜けていたのである!

 語の本来の意味でsqueeze(スクイーズ、しぼり取る)といいたくなるようなシーンだった。
 おそらく、こういうことだと思う。カープの二塁牽制プレーは、すでに12球団に知れ渡っている。日本ハムベンチも、十分にやってくる可能性のある場面だとわかっていた。

 で、その上を行くトリックプレーを仕掛けたのである。
 すなわち、二塁走者・中島に捕手・會澤が牽制のサインを出したくなるようなリード・オフをさせる。思い通り牽制がきたところで、帰塁を遅らせ挟まれる。三塁走者・岡は野村がターンした瞬間にスタートを切る。ともに俊足の走者だからこそ成立するプレーである。

 へーえ、そんな作戦もあるんだなあ、と、なんだか夢を見ているような気分になったという次第。
 2死二、三塁で走者が双方とも俊足という条件がそろったからこそ成功したとはいえ、カープはお家芸を破られたわけである。では、さらに、この日本ハムのプレーを破り返すには、どうしたらいいのだろうか。

 ひとつは、このプレーもありうることを考慮して、野村がターンしたあと二塁に偽投し、飛び出した三塁走者を刺す。
 でも、それでは面白くないから、二塁へ投げるとする。するとショート(この日は田中広輔)は、はじめから二塁走者を刺しにいくのではなく、送球を捕ったら、そのままホームに投げる。これで、走者の足とショートの肩と、どっちが勝つのだろう――。

 いやまあ、ここまでくると妄想の世界ですが、野球は面白いなあ、と妙に納得した。

 楽しみなドラ1・野間、2年目捕手・石川

 カープは黒田博樹の復帰もあり、今年のキャンプでもっとも話題になったチームと言ってもいいだろうけれど、日本ハムも強いですね。強さを実感させられるような試合だった。
 3番・陽岱鋼、4番・中田翔、5番・(この日はDHで)大谷翔平。豪華だ。そして1番が西川。もっともっと成長して、今年は20本くらいホームランを打つのではないだろうか。

 日本代表の4番・中田も、8年目にしてついに本物になったか、と思わせる。栗山英樹監督は「三冠王」とおっしゃっているそうですが。
 面白かったのは、かの張本勲さんが、キャンプで視察に訪れたとき(2月18日)のエピソードだ。
「打ちにいく時に(トップの)グリップが下がる」と指摘されたという。<手の甲1つ分、約4、5センチほどが、理想の位置より低くなっている>(スポーツニッポン2月20日付)とか。

 それさえ直せばあとは大丈夫、と太鼓判を押されたそうだから、今年の中田の本格化は信じていいのかもしれない(まあ、この人のバッティングフォームについては、紆余曲折いろいろありましたからね。打者の場合、中田ほどの素質があっても、18歳の大器が本物になるには8年を要するのだな、とあらためて思う)。

 ただし、テークバックの際に、いったんグリップが下がる動きがあるのは、打者の持って生まれた個性のようなところがある。中田の場合、わずかに下がる動きは天性のものとも言えるだろう。それが下がりすぎなければ、大丈夫ということだ。
 このチェックポイントはけっこうシンプルだが重要だろう。本当に三冠王に近づけるかどうかは、ここを貫けるかどうかにかかっているのかもしれない。

 グリップの動きということで、カープの側からもひとり、ふれておきたい。今年のドラフト1位ルーキーの野間峻祥である。
 2月21日の巨人とのオープン戦で、小山雄輝からライトスタンドへ、ものの見事なホームランを放った。開幕スタメンもありうる、と話題なのだが、たしかにいいスイングをしている。

 この試合で解説だった山本浩二さんによれば「インパクトでのスイングのスピードが速い。だから打球が伸びる」。たしかに、バットがボールをとらえるあたりのスイングスピードは速いし、フォロースルーも大きい。変化球にもついていけそうである。

 で、この人のグリップの位置が、テークバックしてトップの位置からスイングにいくまで、決して下がらないのである。もちろん、スイングの形は個性であって、だから野間が中田より打てる、などと言うつもりはないが、将来、打率も本塁打数も残せる外野手になれるのではないか。ちょうど、西川遥輝のように。

 この日の試合で言うと、上沢直之のストレートをライトオーバーの二塁打にしたけれども、それよりも、8回表のビクター・ガラテとの打席が印象深い。ガラテはサイド気味の変則左腕で、左打者には打ちにくいはずだが、インコースをファウルし、外角低目のカットボール系を見切って四球を選んでいた。

 日本ハムに戻ると、捕手は高卒2年目の石川が先発出場していた。この人は、捕手としての雰囲気がいい。ちょっと古田敦也っぽい、と言えば言い過ぎか。いえ、あくまでも可能性の話です。もっとも捕手には打力のいい近藤健介もいて、この2人の争いは面白い。いやいや、正捕手・大野奨太がいる、と言われそうだが(私は大野より鶴岡慎也のほうが好きだったが、移籍したものは仕方がない)。

 こうやって見てくると、現在、両チームともに、野球の多様な可能性が澎湃として起こり、育ってきているような気がする。
 もちろん、巨人や福岡ソフトバンク、あるいは今季のオリックスのような強化方法もあるだろう。
 しかし、今の日本ハムと広島には、野球の潜勢力とでもいうべきものが内から湧き出すような、そんな楽しさを感じるのだ。


上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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