80年の歴史を誇るプロ野球にあって、8年連続で打率3割超えを達成した右打者はひとりもいない。今季、この知られざる大記録に挑むのが福岡ソフトバンクの内川聖一である。
 昨年、専門誌の『週刊ベースボール』(5月19日号)が行った「史上最強打者」アンケートではランキングトップに選ばれた。これは現役・OB202人の投票によるもので、「守っていても一番攻めにくい」(東北楽天・嶋基宏)、「投手としてどこに投げたら抑えられるかわからない」(広島・中田廉)といったコメントが掲載されていた。付記すれば、昨季の沢村賞投手・金子千尋(オリックス)も「できれば対戦したくない」と苦笑していた。「何を投げても、ちゃんと芯で当てられる。あるいは打ち取った、詰まらせたと思った打球がヒットゾーンに飛ぶ。だから余計に困ってしまう」

 毎年、1度は内川にインタビューを行っている。会うたびに驚かされるのは、語彙の豊富さと表現の巧みさである。

 この春、キャンプ地の宮崎で会った時には、こう語っていた。「これまでは木刀でゴツンと叩くイメージだったのですが、真剣でスパンと斬り抜いてみせたい。要するにピッチャーが投じたボールを1球で仕留めたいんです。無駄な動きを極力なくし、一振りで勝負する。そういうイメージで打席に立ちたいと思っています」

 内川は相撲でいえば、「なまくら四つ」である。こう書くと“型がない”ように思われるかもしれないが、そうではない。彼は無数の型を持っている。だから、どんなボールにも対応できるのだ。

 かつて“悪球打ち”を指摘する声には、こう反論した。「審判の決めるストライクゾーンと、僕のストライクゾーンは一緒ではない」。つまり内川には「自分が打てると判断したボールがストライク」という明確な基準がある。「(ルール上の)ストライクゾーンに自分が従うかどうかは別問題」なのだ。

 通算1500安打以上を記録している右打者の打率でも内川は3割1分4厘で頂点に立つ。2位は落合博満の3割1分1厘。数年先まで、この高打率を維持するのは容易ではない。さらなる進化を遂げるには何が必要か。「真剣でスパン」は、そのひとつの回答なのだろう。

<この原稿は15年3月18日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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