ずいぶんと昔、ドーハで韓国人記者に言われたことを思い出した。
「日本の選手はまるでカニだな。横に進むばかりだ」
 まだJリーグが生まれたばかりで、韓国人のJリーガーは広島に1人いるだけ、という時代だった。日韓のサッカーが混じり合うことはほとんどなく、双方の国は、互いの影響をほとんど受けることなく、自分たちのスタイルで戦っていた。日本人選手を「カニ」と評した記者の国のサッカーが、わたしには「香車」ばかりの単調なものに感じられた。

「結局のところは球際。試合前も球際で強くいけば日本は何もできないから、という指示が出る」
 前日のスポニチに、ACLで浦和を敗退に追い込んだ水原・鄭大世のコメントが載っていた。彼が言っていることは、基本、20数年前に韓国人記者が言っていたのと同じことだと思う。球際を強く、激しく行けば、大半の日本人選手は安全第一――横か後ろにボールを動かすことを選択する。相手からすれば、急所を衝かれる危険性が大幅に減少するわけだ。

 では、日本はどうするべきなのか。

 鄭大世は、ハリルホジッチ監督が球際の強さを求める発言をしていたことを評価していたという。相手から「何もできない」とまで言われてしまうような弱点を修正しようとするのは、当然の発想でもある。

 ただ、球際の強さにこだわるばかり、自分たちの特色、武器を放棄してしまっては本末転倒になる。

 20世紀後半から21世紀初頭にかけての一時期、日本サッカーが韓国を大きく引き離したと見られる時期があった。あの時、日本サッカーは「カニ」であることをやめたのか。否。良くも悪くも安全第一に走りたがる傾向は変わっていなかった。にもかかわらず韓国を圧倒できるようになったのは、攻める時間と機会を相手に与えなくなったから、だった。端的に言えば、MFたちの技量が韓国を圧倒していたのである。

 先週も書いたが、ここ数年、日本サッカーは中盤にタレントを揃えていた時代から、前線に粒が揃う時代へと移行しつつある。ゴール前で素晴らしい才能を見せる選手が珍しくなった半面、中盤のアーティストは確実に減少傾向にある。

 日本サッカーが球際に弱く見えるのは、日本サッカーが球際に弱いからではなく、強度のプレッシャーに耐えうる技量のMFが減ったからではないか、とわたしは思う。

 球際の強さに勝機を見いだすのは、もちろん正しい。けれども、球際の弱さを補う方法もサッカーにはある。理想は、Jリーグの中にまったく異なる道を目指すチームが混在するようになること。異質なものに対する対処能力不足は、球際の弱さ以上に深刻な、日本サッカーの弱点だからである。

<この原稿は15年4月23日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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