スタートの号砲一番、海に飛び込んでいく選手たち。水しぶきを上げ、泳ぎ出す姿こそ、トライアスロンのスタートという印象だ。でも、この大会ではそんな光景だけではなく、勢い良く飛び出して行った選手たちの後、ゆったりと海に入り、平泳ぎで泳ぎだす姿も多くみられる。体型もアスリートというより、普通のおじさんやおばさんという感じ。そんな人たちが青い海で漂う姿は、一般的に知られる「トライアスロン=鉄人」というイメージとは程遠い。だが、これもトライアスロン大会における1シーンであることに違いない。
(写真:今年も老若男女、幅広い層が参加した)
 ホノルルトライアスロン、人気の秘訣

 ハワイ州ホノルル、アラモアナビーチで行われている「ホノルルトライアスロン」のスタートシーン。今年で11年目を迎えるホノルルトライアスロンは、世界屈指の初心者おすすめ大会として知られている。トライアスロンのルーツと言ってもいいハワイでのトライアスロン大会開催は年間20回を下らないが、ホノルルという大都市ではこの1回だけ。意外に貴重な大会ということになる。そんな理由もあってか、参加者は1700人とオアフ島では最大規模の人気を誇る。さらに、その中の600名以上が日本人というのも驚きだ。現在、海外のトライアスロンにおいて、200名を超える日本人が参加しているケースは、ホノルルトライアスロン以外にはなく、いかにこの大会に人が集まっているのかがわかる。

 なぜこの大会に人が集まるのか。最大の理由は先述した「初心者おすすめ大会」であることだろう。スイムはリーフ内で波や流れがほとんどない。自転車のコースはほぼフラット。ランニングも公園内の平坦な道と走りやすいコース。そして何といっても「制限時間がない」という世界にも稀にみるホスピタリティである。これがあるだけで、初心者にとってハードルはグッと下がる。さらにはハワイのロケーションが素晴らしい。素敵な海、美しい光、明るい人々。これらが大会を快適なものへと引き立ててくれている。この点は、すべての参加者にも魅力となることは言うまでもない。それに日本人が大好きなハワイに行く理由を、このレースで作ることができるというのも大きいらしい。帯同者も「ハワイなら」と快諾してくれるケースが多く、家人を説得しやすいそうだ。
(写真:ハワイの絶景を眺めながら、走れるのが魅力)

 でも、最大の理由は、この大会の持つ雰囲気だと思われる。「競技」であることより、「スポーツイベント」としての楽しさを重視する運営。ルールが無いわけではないが、そこにあまりこだわらない。トライアスロンを楽しむことに重きが置かれている。本気モードの愛好家には物足りないのかもしれないが、通常にない穏やかな雰囲気が人気の秘密のようだ。

 普及のため、楽しむ機会の提供を!

 現在、国内だけでも200を超えるトライアスロンがある中で、人気の大会をあらためてみてみると、ホノルルトライアスロンのような雰囲気の柔らかい大会が人気を集めている傾向にある。宮崎シーガイア大会、館山大会、九十九里大会など競うよりも、トライアスロン楽しむ機会を作ることに重きをおいている大会が増えてきた。これは競技志向者だけでなく、愛好者人口が拡大し、競技人口における三角形の底辺部分が広がっていることの証明ではないか。今まではその部分は少数派で、業界内では重きを置かれる人々ではなかったが、全体のパイが大きくなる段階で底辺拡充のタイミングに差し掛かったということなのかもしれない。
(写真:日本国内でもホノルルのような楽しめるレースが人気だ)

 この傾向はマラソンなどにも当てはまる。この10年で競技重視ではない、参加型都市マラソンが増え、愛好者人口が一気に増加した。週末の皇居や大阪城公園に行くと、もはや何かのイベントのように多くの人が走っている。これは競技会ではなく、スポーツイベントに重きを置いた大会が増え、底辺部分が大きくなったことが最大の理由といえるだろう。今までは走ることに無縁であったような人が、気軽に参加できる雰囲気が整ってきたということなのではないか。

 つまりスポーツが発展する段階で、競技人口の底辺部分である「初心者層」がいかに楽しめる環境を作り出せるのかが、大切だということが分かる。その部分に重きを置けない競技には人口拡大はないし、ひいてはスポーツの衰退にもつながってしまう。しかし、残念ながら競技団体の中には、強化のみを重視する傾向がまだまだある。競技志向でなく、生涯スポーツとして楽しみたい人を受け入れられる環境づくりは、後手に回っていることが多いのが現状。「メダルを獲ってメジャースポーツに!」というのはよく聞かれる話だが、それはあくまでもカンフル剤であって、本当の普及につながるのかというと、かなり懐疑的にならざるを得ない。
(写真:草の根レベルで普及を進めることが大事)

「競技ではなく、生涯スポーツとして楽しめる機会の提供」
 これこそが人口減少のなか、各種目が生き残っていくキーポイントになっているのではなだろうか。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。13年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


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