怪鳥のごとく舞い上がったオマン・ビイクが、非常識なほど高打点からのヘディング・シュートを見舞った。コースは甘く、強さもなかったが、しかし、通常ではありえない角度からのシュートは、GKネリー・プンピードのミスを誘う。カメルーン1。アルゼンチン0。大げさではなく、全世界が揺れた世紀の番狂わせ。呆然とするディエゴ・マラドーナの表情はいまも鮮明に記憶しているが、それが起きた日にちまでは覚えていなかった。
 前日のスポニチを読むまでは――。

 なでしこジャパンの初戦に先立って行われた、同じグループのカメルーン対エクアドル戦を見て、いささか衝撃を受けた。爆弾娘というか、ゴムまりのような跳躍力で相手に挑みかかっていく選手が何人かいる。近年、男子チームはすっかり洗練されてしまったが、女子代表にはかの国の男たちが失ってしまったものがしっかりと息づいていた。

 結果は6−0。破壊的、としかいいようのない勝ちっぷりだった。そして、その日は25年前、オマン・ビイクたちがアルゼンチンを倒したのと同じ日でもあったのだという。

 これは吉兆なのか。それとも――。

 いうまでもなく、今大会における日本はディフェンディング・チャンピオンである。つまり、25年前のアルゼンチンと同じ立場だった。もし抽選のアヤで、日本にとって初戦の相手がカメルーンになっていたら、これは相当に難しいことになっていた。カメルーン・サッカーにとって6月8日は大切な日であり、そこから得た見えないエネルギーの力は、エクアドルを相手に存分に発揮されていたからである。

 一方、イケイケどんどんで初戦に臨んだカメルーンに比べ、スイスと戦った日本には明らかな硬さがあった。なにせ、日本サッカー界が史上初めて体験する、王者として迎えた世界大会である。2度世界王者になったアルゼンチンは、2度とも次の大会の初戦を落としているが、日本が同じ運命をたどったとしても少しも不思議ではなかった。

 幸か不幸か、強敵スイスと初戦を戦い、かつ勝利を収めたことによって、なでしこたちが決勝トーナメントに進出する可能性は大幅に高まった。順当にいけば、決勝まで格上の相手とあたらない可能性もある。長く日本女子サッカーの弱点であり続けてきたパワープレー対策も、GK山根の成長によって一つの解決策を手にしつつある。楽観はできないが、前途は決して暗いものではない。

 ただ、25年前の6月8日、カメルーンにまさかの苦杯を喫したアルゼンチンは、それでも、苦戦を勝ち抜き2大会連続の決勝進出を果たしている。15年の6月8日、日本の相手がカメルーンでなかったのは吉兆なのか、それとも――。

<この原稿は15年6月11日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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