セ・パ交流戦が終わると、必ず言われることがある。「セ・リーグよりパ・リーグのほうが強い」。今年の成績を見ても、交流戦の順位は1位から5位までパ・リーグ勢が並んでいるし、戦績はパ61勝、セ44勝、3分け。まぁ、そういう声があがるのも、自然なことでしょう。
 その「実力のパ」で、いま、断然おもしろいのが首位打者争いである。いや、この言い方は事の本質を逸している。首位打者を争っている2人の打者が、めちゃくちゃおもしろいのだ。

 秋山翔吾(埼玉西武)と柳田悠岐(福岡ソフトバンク)――。
 ちなみに7月2日時点の打率は1位・秋山.383、2位・柳田.381。もちろん、これからどっちにころぶかわからない。

 両者が直接ぶつかった1日のソフトバンク−西武戦を見ると、柳田は1回裏1死一塁の場面で登場。西武・野上亮磨のツーシームだろうか、内から外へ切れていくストレート系のボールを三塁線にタイムリー二塁打。柳田といえば、体が折れるんじゃないかと思うほどの豪快なフルスイングで人気だが、それだけで3割8分もの打率が残るはずがない。

 この打席など、いつものイメージよりはやや小さなステップで、振るのかな、と思った瞬間、もう振りきっていた。つまり、それほどスイングが速い。それで左打者の外角へ逃げていくストレート系を確実にとらえる技術があるのだから、そりゃ、もう見るだけで快感である。

 順序が逆になったが、一方の秋山は1回表に先頭打者で登場。ソフトバンクのジェイソン・スタンリッジのカットボールなのだろうか、やや中に入ったストレート系を、これまた、ものの見事にセンター前。心なしか、他の凡百の選手のセンター前とは、打球の強さが違って見える。

 この2人、同じ左打者だが、少しタイプが違う。柳田はスイングするだけで観客が湧くほどのフルスイングで、当たれば飛距離も出るし、ホームランも量産できる。秋山は、どちらかといえば中距離ヒッターに分類されるでしょう。

 注目しておきたいのは、ステップするときの右足の上げ方である。
 2人とも、右足を上げて、ぐいっとねばってから着地させる。基本的には、似た形に見えるが、事態はもう少し繊細である。むしろ、ややタイプの違うステップと言ってもいいのかもしれない。

 柳田は、基本的には上げた足を1回ためる間を作ってから、豪快にバットを振り切る。ただ、先の野上に対する打席のように、ややすり足に近いステップをすることもある。どうやら、このあたりに、飛距離だけではなく打率も稼げる秘密がありそうだ。

 一方、秋山は、いったんあげた右足を、そこからさらに、前に運ぶ間をしっかりとってから、スイングする。打席によって、この形が変わることはない。柳田よりも秋山の右足の動きのほうが一拍多い、とでも表現したらいいだろうか。

 どちらがいいとか悪いとか言っているのではない。フォームは個性だから。ただ、日本野球の古典的な比喩を持ち出せば、秋山が、すべてのスイングで一切形が変わらなかった王貞治タイプ、柳田が、少々崩されても振り切った長嶋茂雄タイプ、とは言えるかもしれない(本質的にホームラン打者か、中距離ヒッターかという意味では、両者の対比が交叉しているのがおもしろい)。

 そもそも、正直に言って、恥ずかしながら秋山がこんなすごい打者だとは知らなかった。去年までは、むしろ守備のいい外野手だな、という印象のほうが強かった。

 むべなるかな。入団から昨季まで年度別の打率を見てみると、2011年.232、2012年.293、2013年.270、2014年.259、通算打率は4年で.266である。全試合に出場して13本塁打、58打点だった2013年が、これまでのベストシーズンということになるだろうが、失礼ながら並の成績と言わざるをえない。

 それが今年は、130試合で210安打した、あの1994年のイチローをも上回る勢いでヒットを打ち続けているのである。もちろん技術的な理由はいろいろあるのだろうが、これはもう、何かが化けたとしか言いようがない。

 というのは、秋山を見ていると、すべてのヒットが必然に映るのだ。ボールの軌道に対して、しっかりと距離をとり、どのコース、球種にも対応して、バットの芯でとらえてからスイングしているように見える。オーバーに言えば、形としては10割ヒットなんだけど、そこはどうしても現実というヤツが入りこんできて、なぜか6割アウトになっている状態とでも言おうか。

 この境地を生み出している大きな要因のひとつが、あのステップの一拍の間にあることは、おそらく間違いないだろう。では、あのステップをすれば誰でも首位打者が狙えるのかといえば、そうではない。おそらくは、秋山にしか、こういう結果は生まれない。しかも2015年の(あるいは2015年以降の)秋山にしか。

 なぜなら、いまの大ブレイクは、あのステップと、東京ヤクルトの山田哲人が「理想の打ち方。スイングのすべて(の過程)が体に近い」(「日刊スポーツ」7月3日付)」と評するスイングが相俟ってのことだから。では、なぜその状態は、今年になって、突然実現したのか。それはわからない。むしろ、そこにこそバッティングのおもしろさがあり、幻妙さが宿る、と言うべきだろう。

 さて、冒頭の命題にもどろう。柳田も秋山も、たしかに「強い」パ・リーグが生み出した強打者である。では、セ・リーグには、このような強打者は出現しないのだろうか。

 柳田が交流戦で残した成績はすさまじい。打率.429、16四死球。出塁率はただひとり5割を超えた。これについての朝日新聞が掲載した黒田博樹(広島)のコメントが興味深い。
「日本人であれだけ振れる打者はいない。崩されてもしっかりバットを振れる。末恐ろしい」(6月17日付)

 とくに注目しておきたいのは後段である。ここで、「崩されてもしっかりバットを振れる」ことが、強打者の条件だ、と黒田は考えている。明らかに、この言葉の背景には、彼の昨年までのメジャーリーグでの経験がある。彼の地で黒田は、苦心の投球でせっかく打撃フォームを崩しても、なおフルスイングしてくる打者たちと戦ってきたのだ。きっと、そのにおいを柳田のスイングに感じたのである。

 今年の交流戦で、黒田とソフトバンク打線は対戦した(6月12日)。きわめて印象深い試合だったので、少しだけ、ふり返っておく。
 試合は5−0と広島が早々にリードを奪ったのだが、それでも相手はソフトバンク打線である。何が起こるかわからない。

 6回裏、先頭の中村晃がインローのツーシームをレフト前ヒット。2番・福田秀平にはツーシームのあと、3球フォークを投げてから、インローのツーシームでレフトフライ。やや左打者を苦手とする黒田が、左打者2人をツーシームとフォークで攻めているのがわかる。

 さて、1死一塁で、打席に3番・柳田。
(1)インロー、フォーク、ボール(ワンバウンド)。
(2)インロー、フォーク、空振り(フルスイング)。
(3)インロー、フォーク、低めにボール。
 カウント2−1。柳田に対しては、初球から3球フォークを続けたわけだ。さぁ、ここでどうするか。

(4)インハイ、ツーシーム、レフト前ヒット。
 おそらく近めのボールゾーンからストライクに入れようとしたツーシームが、やや中に入った。柳田は、それまでの3球続いたフォークにまどわされることなく、ツーシームの軌道に対応したことになる。

 かくて、1死一、二塁。打席には内川聖一。
 なんか、わくわくしません? このシーン。黒田は日本球界屈指の安打製造機に、どう立ち向かうのか。

(1)外角高め、スライダー(?)、ストライク(もしかしたらフォークが抜けたのか、それとも意識的に高めに変化球を配したのか、いずれにせよ、内川の念頭にはないボールで見逃し)。
(2)高めのストレート(ツーシーム?)、ボール。
(3)外角へストレート、ボール。これははずした感じ。

 これでカウント2−1。
(4)インロー、ツーシーム。
 内川、打った。ショート真正面。ダブルプレー、チェンジ。お見事!

 この打席、内川は明らかに、黒田がゲッツーをとりにくるインコースのツーシームを狙っていた。黒田もそれがわかっていて、おそらくは、初球、2球目と外角高めに投げて、内川の視線をまどわせようとした。そして最後は、投手、打者ともに読み通り、ゲッツー狙いのツーシームで勝負にいき、待ち構えていた内川は、ショートを越える打球を放つことができなかった。

 結果は結果である。しかし、純粋にこの対決は見ごたえがあった。
 8年ぶりに日本球界に復帰した黒田だが、4月、5月の漠然とした印象をいえば、どことなく昨年までほどの力強さがないように見えた。たとえば、彼自身が印象に残る試合としてあげた、昨年の最終登板、デレク・ジーターのヤンキースタジアム最後の試合で見せた投球を思い出したりすると、どうしてもそんな気がしてくる。

 もちろん、さまざまな環境の違いがあるので、昨年とは違うのが、むしろ当然なのだろう。でも、このソフトバンク戦は、明らかに昨年までの黒田だった。黒田が黒田になった日、とでも言うべきか。

 おそらく、それを誘発したのは、強力ソフトバンク打線である。「崩されてもしっかり振る」打者を相手にしてはじめて、「メジャーリーガー・クロダ」が日本野球に出現したのだ。そうさせるだけの打者がパに多く、セに少ないのは事実だろう。

 よく言われるように、DH制に、その原因を求める考え方があるのも承知している。パ・リーグは投手が打席に立たない分、投手は気を抜くところがなく、当然、打線の力もあがるから、投打のレベルがあがる、という見解だ。

 そうですかねぇ。個人的には投手も打席に立つ野球のほうが好きなんだけどな。
 ただ、宮本慎也さんの評論には感心した。交流戦前の死球数が、パが137試合で121個、セが141試合で80個なのだそうだ。そして、交流戦前の横浜DeNA−阪神戦で、DeNAの抑え・山崎康晃が死球を与え、阪神・和田豊監督が「大激怒」し、DeNA・中畑清監督が「大げさに謝罪」したことに説きおよぶ。片や新人投手の死球に激怒し、一方はあやまる。

「死球に対する免疫力のなさを象徴していた。バッテリーが打者の胸元を突く厳しい野球をし、その中で本塁打を放つ能力の高い打者が多いパ・リーグ。実践している野球の質と選手の能力の違いが、そのまま交流戦の結果に表れたのではないか」(「日刊スポーツ」6月19日付)

 現在のセ・パの野球の分析という意味では、おそらく、その通りなのだろうと思う。宮本さんの評論はいつもながら鋭い。だが、これはあくまで現状の分析である。今後、もし、ここで指摘された「死球への免疫」を、すべてDH制のせいにするタイプの言説が現れたとしたら、その飛躍はいかがなものか、とあらかじめ言っておきたい。

 たとえば、メジャーで近年、最強チームと言われるサンフランシスコ・ジャイアンツはナショナルリーグに属している。すなわちDH制はない。投手も打席に立つ。それでも、強打線を形成している。あるいは、イチローの所属するマイアミ・マーリンズもそうだ。投手も打席に立つが、ジャンカルロ・スタントンを中心とする強打線は、メジャー屈指といっても過言ではない。

 あるいは、今、人気を集める西武の森友哉。彼が、もしセ・リーグに入団していたら、もしかしたら、まだ一軍に出場していないかもしれない。なにしろ、彼は捕手である。高卒2年目で正捕手のポジションを与えるチームは少ないだろう。彼は、DHのおかげでブレイクしたともいえる。

 でも、よく見ていただきたい。最近は、外野手としても、だいぶ様になってきた。つまり、セ・リーグ球団でも、彼のフルスイングを生かそうとする発想さえあれば、外野などで森を起用して育てることはできるのだ。

 むしろ、セ・リーグの側が、DH制を言い訳にしていないだろうか。
 黒田が喝破したように、強打者とは「崩されてもフルスイングできる」打者なのだ。その意識が、セ・リーグ全体にうすれてしまっているのではないか。これは制度の問題ではなく、リーグにしみついた文化の問題である。

 出でよ、第2、第3の柳田、秋山!

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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