小さな選手が大きな一歩を踏み出した。
 8月3日、クリネックススタジアム宮城。東北楽天−北海道日本ハム戦。8回裏東北楽天の攻撃。2死2塁から右バッターボックスに背番号98を背負った小柄な若者が入った。内村賢介。石川ミリオンスターズから育成選手として楽天に入団し、7月の支配下登録を経て、この日、1軍に昇格した。これがNPB初打席である。
(写真:つい1週間前にはフューチャーズ(2軍混成チーム)のメンバーとしてプレーしていた内村)
 初球、日本ハムのサウスポー歌藤達夫の内に食い込むスライダーをたたきつけた。大きく弾んだ打球はピッチャーの前に転がる。内村は俊足を飛ばして1塁へ。BCリーグ出身者初ヒットは彼の特長を生かした内野安打だった。しかも慌てて打球を処理した歌藤の悪送球を誘い、一気に2塁走者がホームイン。楽天に貴重な追加点が入った。

 直後、リックの2ランが飛び出し、内村はダイヤモンドを一周した。ベンチに戻ると、チームメイトや先輩からは手荒い祝福が待っていた。実は、その前の回、内村はフェルナンデスの代走で初めて出番を与えられ、山崎武司の2ランでダイヤモンドを一周している。後ろの打者の一発とはいえ、2度もホームを踏んだデビュー戦。試合も11−4と楽天は大勝し、内村は試合終了の瞬間をショートの守備位置で迎えた。ハニカミながら、観客とともに勝利の万歳三唱を体験した。

「今年は(支配下登録は)ないかなと自分では思っていたんですけどね」
 育成選手としてファームでプレーしていた内村にとって、1軍昇格はおろか、支配下登録さえも寝耳に水のことだった。7月23日、読売ジャイアンツ球場での2軍戦を控えた朝、宿舎で内村は呼び出しを受けた。出向いた先には米田純球団代表が待っていた。
「支配下登録することになりました」

 最初は信じられなかった。しかし、徐々にうれしさがこみ上げてきた。イースタンリーグでは既に51試合に出場。「打撃では慣れてきて、バットも振れるようになってきた」。手ごたえを感じ始めた矢先の出来事だった。

 ここまでの内村の球歴は決して輝かしいものではない。甲子園の出場経験はない。入社したJFE西日本でも主力選手ではなかった。運命が変えたのがBCリーグだった。
「とにかく基本を徹底されました。特に打撃は金森(栄治)監督に出会って変わりましたね」

 それまでは俊足を生かす意味もあり、高校時代は左打者、社会人ではスイッチヒッターに取り組んでいた。しかし、本人の感覚としては「右打ちのほうがしっくりきていた」。違和感を感じながら、中途半端なスタイルを続けてきた。

 石川ミリオンスターズに入団した内村は金森監督に自分の思いをぶつけた。
「プロに行くんだったら、どっちで打ったほうがいいですか?」
 現役時代、西武、阪神などで巧打者として鳴らした指揮官は内村の打撃をみて即答した。
「右で打て」
 
 石川での1年間、金森監督から打撃の基礎を学んだ。背筋を伸ばし、やや足をオープン気味に開いて、しっかりボールを呼び込む。そして体をコマのように回転させて、鋭くはじき返す。コーチとしても和田一浩(現中日)やカブレラ(現オリックス)らの指導を行ってきた男のアドバイスは的確だった。BCリーグでは打率.271と決して高い数字ではなかったものの、方向性は間違っていなかった。その証拠にNPBのファームでも同等の数字を残している。

 楽天入団後は、やや前足を振り子気味にして、しっかりとタイミングをとって打つことを心がけている。まずは引っ張って力強い打球を飛ばす。それが本人の描く打撃イメージだ。

 楽天といえば野村克也監督の「考える野球」が浸透しつつある。渡辺直人(173センチ)、草野大輔(170センチ)、高須洋介(170センチ)ら体格には恵まれていない選手たちがチームの核になれるのは、状況に応じた野球を身に付け、パワーを補っているからに他ならない。
(写真:安定した守備も武器)

 実は1軍に上がるまで、野村監督とは話をする機会がなかったという。だが、今はミーティングやベンチの中で、名将の野球理論に触れることができる。それは22歳のルーキーにとって大きな財産となるに違いない。
「今の課題はバント。送りバントではなくてプッシュバントやセーフティバントを自分の狙ったところに決められるようになりたいです。あとは右打ちも練習が必要ですね」 
 自分の持ち味を生かす方法を考え、実践すれば、今後もチャンスは広がってくるはずだ。

「難しいプレーはいらないと思います。基本を続けていれば道は拓ける」
 BCリーグでプレーする後輩たちへのメッセージを、内村は自分に言い聞かせるように語った。野村監督は常々、「野村野球は一言でいえば準備野球、プロセス重視野球」と語っている。BCリーグだろうが、NPBの1軍だろうが基本の大切さは変わらない。小兵の多い楽天の中で、小粒でもピリリと辛い“さんしょう”のような存在になれるのか。163センチの小さな体には大きな夢が詰まっている。


内村賢介(うちむら・けんすけ)プロフィール
 1986年3月17日、東京都出身。右投右打の内野手。山梨学院大付属高、JFE西日本を経て07年、BCリーグ・石川に入団。全72試合に出場し、打率.271、30打点、31盗塁。初代盗塁王に輝き、リーグ一のリードオフマンとしてチームを優勝へと導いた。
 身長163センチと小柄ながら、俊足と守備力が買われ、同年秋のドラフトで育成選手として楽天に指名される。BCリーグ出身者として初のNPB選手となった。今季はファームで55試合に出場し、打率.274、20打点、2本塁打、6盗塁。7月に支配下登録を受け、8月3日に一軍デビューを果たした。