5月27日、東京・後楽園ホール。ウエルター級4回戦。この日がデビュー戦の輪島大千(ひろかず)は1ラウンドKOで勝利をおさめた。31歳と新人らしからぬ年齢が目を引いたが、彼が異彩を放つ理由はそれだけではなかった。父親が元世界スーパーウエルター級王者の輪島功一なのだ。輪島功一といえば、「炎の男」と呼ばれた日本のボクシング史を飾る名ボクサーだ。
 子供にとって偉大な父親の存在は誇りであると同時に大きなプレッシャーでもある。目標の定まらない時期を経て、父親と同じ道を歩み始めた息子に輪島功一は何を思うのか。二宮清純が直撃した。
二宮: 大千選手のデビュー戦勝利おめでとうございます。
輪島: KO勝ちしたんだから大したもんだよ。「勝てばいいな」と考えていたけど、いざ勝つと「新人王になってほしい」と思っちゃう。きっと新人王になったら、「日本チャンピオンになってほしい」というように欲が出るんだよ。息子も同じだと思うよ。

二宮: 息子さんは25歳までフリーター生活だったそうですが、真剣にボクシングをやると聞いた時はどんな気持ちでしたか?
輪島: “本人がやると言い出したらボクシングをさせたい”という気持ちがあったからうれしかったね。私の長男は車が好きでそっちで頑張っている。実は娘婿(磯谷和弘)がボクシングをやっていて、日本王者に挑戦できるかというところまでいった選手なので、ジムの跡取りは彼がいるからまあいいかと思っていたんだ。でも次男(大千)がジムを継ぎたいと言ってきたから、どちらかと言われればやっぱり息子に継がせたいという思いはあるね。

二宮: 小さい頃から随分としつけも厳しかったようですね。なんでも息子さんが食事中にヒジでも立てようものなら引っぱたいていたとか。
輪島: そうだね。私は「今の若者」という言葉が嫌いなんだよ。近頃は若い人が起こす事件が問題になっているけど、私に言わせれば全部親の責任。大人は「今の若者」という言葉を使って責任逃れをしているんだ。私は親としての責任を果たしてきただけだよ。

二宮: やはり自分が試合をするのとセコンドに立つのとでは違いますか?
輪島: 全然違うね。私はこの短いリーチを生かすために「かけひき」を随分使ったんだ。その結果、「カエル跳び」も生まれた。これは自分のボクシングを完成させていく中で次第に身につけていったものだ。息子のボクシングはまだそこまではいってないけど、あいつにはパンチ力がある。
 ボクシングはパンチ力があるのとないのでは大違いなんだ。どんなに技術があってもパンチ力がないと相手にバカにされちゃうんだよ。しかし、もっと大事なのは頭を使うこと。練習でいくら強くても試合で弱ければ意味がないからね。「ああしろ」、「こうしろ」と教えてやりたいことが山ほどあるよ。やるのは大変だけど口で言うのは簡単だからね。

二宮: 輪島さんは25歳、大千選手は31歳とともにデビューが遅かったですよね。
輪島: 今31歳だから、ボクシングができるのはあと5年くらいかな。息子は25歳で始めたから35歳まで。ボクシング人生というのはだいたい10年なんだよ。でもこれからいろいろな経験をして、何かひとつでいいから“ボクシングをやってきたからここまでこれた”というものをみつけてもらいたいな。

二宮: こういう選手であってほしいという希望はありますか?
輪島: 相手のことを考えられるくらい自信がある選手になってほしい。私は現役時代、試合前には必ず「よろしくお願いします」と相手に本心で頭を下げていた。一旦、試合が始まると「この野郎、殺してやろうか」という勢いになる。でも、勝ったら「ありがとう。あんたのおかげで勝てた」とお礼を言ったもんだ。どこにいっても相手に感謝の気持ちを持たないといけないね。

<小学館『ビッグコミックオリジナル』9月5日号(発売中)の二宮清純コラム「バイプレーヤー」にて輪島大千選手のインタビュー記事が掲載されています。そちらもぜひご覧ください!>