5月13日の巨人戦で、ついに今季のカープの0-1完封負けが、5試合になってしまった。まだ、5月中旬ですよ。0-1の完封負けなんて、せいぜいシーズン通して1~2試合あるかどうか、というのが常識だろう。あまりにも極端な貧打というべきである。しかも、この間、じつは1-0による勝利も3試合ある。この時点で消化した36試合のうち、じつに8試合が「0-1」ないし「1-0」というスコアなのだ。

 でも、初回に巨人から10点とった試合(5月5日、13-1で快勝)もあったじゃないか、という反論(というか慰め?)もあるだろう。そう。じつは、4月だけで0-1完封負け4試合という超貧打を、劇的に克服した、記憶すべき試合があったのである。

 あの小窪哲也が代打満塁ホームランを打った試合、といえばおわかりだろうか。

 5月2日の東京ヤクルト戦。もし、今季、カープがこれから交流戦あたりで反攻に出て、Aクラス、あるいは優勝ということになれば、ターニングポイントはこの試合である。

 といっても、小窪のシーンではない。ライネル・ロサリオである。

 くりかえすが、カープはこの試合の時点ですでに0-1負けを4試合喫している。この日のヤクルト先発は、左腕・石川雅規。もともと苦手な左投手である。試合前から、下手すればまた完封負けかな、という弱気な気持ちでいたのは、私だけではないだろう。

 で、試合はというと、2回裏無死からロサリオ劇場の幕が開く。一塁にはヒットで出たヤクルト・畠山和洋(けっして俊足ではない)。続く雄平が、カープ先発クリス・ジョンソンの高目のボールを叩くと、大きくバウンドして、三塁手・梵英心の頭を越えていった。

 これを見た一塁走者・畠山はなんと、二塁を蹴って三塁へ向かう。予想外の走塁にレフトのロサリオはあせった。あわてて三塁へ送球したが、これが大暴投。ホーム後方まで飛んでいって、バックアップに入った捕手・石原慶幸も止められない。この間に、畠山は巨躯を揺らしてホームイン。1-0。

 あー、ロサリオの大チョンボで今日も完封負けか……と誰もが思う。
 
 ロサリオ劇場の山場はここからである。5回表。試合は案の上、1-0のまま進んでいた。ここで先頭打者はロサリオ。

 とにかく彼は自らの大失敗を取り戻したかったのだろう。初球を思いっきりひっぱったら、これが3塁前に高くはねて内野安打。無死一塁。

 梵が打席に入って、カウント1-1から石川が一塁牽制。おそらく、気がはやって盗塁する気満々のロサリオの気配を感じたのだろう。続く3球目はウエスト。ロサリオ、猛然とスタート。あー、完全に見破られている~。タイミングはアウト。と思ったら、捕手・中村悠平の送球がそれてセーフ。ははは。ロサリオの気合に野球の神様がいたずらしたか。

 梵の三遊間ヒットでロサリオ三進。
 無死一、三塁となって打者は鈴木誠也。打ったと思ったら、セカンド後方の凡フライ。二塁手・山田哲人はまず後ろ向きで追ってから、ホーム方向に向き直って補球した。万が一のタッチアップにもそなえたのである。

 次の瞬間、ロサリオが猛然とスタート。まさか。おいおい。ロサリオは大きなストライドをのばし、ぐんぐん加速していってスライディング。ホームイン! 1点をもぎとったのでした。

 初球の無茶振りからのタッチアップまですべてが強引、あるいは無謀。しかし、この委細かまわず、とにかく自力で失敗をとりもどすんだ、という迫力が、過程はどうであれ、1-1に追いつくという結果をもたらした。

 開幕からの超貧打の潮目が変わったのは、明らかに、この一連のロサリオのプレーによってであった。

 試合は、同点の6回2死から新井貴浩が二塁打、再びロサリオがタイムリーを打って、ついに2-1と勝ち越し。そして8回表の小窪の満塁ホームランで快勝となった。

 直接のヒーローはもちろん小窪だが、もし、今シーズンのカープの行方を左右するシーンがあるとしたら、5回表の「ロサリオの1点」だと断言したい。

 このプレーによって、明らかに、開幕以来の貧打の呪縛は、いったん解き放たれた。

 3、3、13、4、8、10、7……。その後の試合のカープの得点である。ただし、これに続く5月12日からの巨人戦は、1、0と続いて2連敗。ふたたび超貧打に舞い戻ったかのようだ。

 1-2で負けた12日の相手先発投手は菅野智之。0-1負けの13日は大竹寛。カープは、それぞれ前田健太、大瀬良大地。前田も大瀬良も出来はよかった。抑えたのは偶然ではない。一方、巨人側は、というと、菅野も大竹も、1点や0点に抑えられるほどの出来にはなかった。カープ打線が打ち崩しても不思議ではなかったのに、結果としては、打てなかった。

 何が足りないのか。ひとつには、5月2日のロサリオのような、やみくもな突破力である。12、13日の巨人戦は、あのときのロサリオのような、呪縛を引きちぎるような突破力を感じさせる打者がいなかった(12日の唯一の得点は、ロサリオのタイムリー。フェンス直撃だったが、惜しくもスタンドに届かなかった。あれが入っていれば2-0で勝っていただろう。いまだホームランのないロサリオの4番を批判する声もあるが、彼は、もうすぐ打ち出すと思いますよ)。

 もうひとつは、もう少し、打率の高い(あるいは開幕当初、高かった)選手の起用をふやしてみたらどうだろう。たとえば、天谷宗一郎とか木村昇吾とか。いや、野間峻祥も鈴木誠也も育てる必要があるのは重々承知しているのだが、そこをうまく併用するのも、監督采配の醍醐味というものではあるまいか。

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)
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