1-2と1点ビハインドで、ロスタイムは4分に達していました。4日の最終節、タイポー戦。他会場も含めた残留争いは熾烈を極め、このままでは横浜FC香港は降格を喫してしまう大ピンチでした。
10クラブ中、横浜FC香港が6位、タイポーが勝ち点1差の8位で迎えた最終節は立ち上がりから試合が動きました。負けられないタイポーが8分に先制。エキサイトしたゲームは19分に、“事件”が起こります。なんとゴールを決めた相手の外国人選手が味方にヒジ打ちをくらわせたのです。
普通なら一発レッドカードの行為にもかかわらず、レフェリーは何の注意も与えません。味方の選手も抗議をしませんでした。
「これはダメだろ。見ていたはずだぞ!」
僕はラインズマンに詰め寄りました。劣勢の流れを変えたいとの計算もあり、必要以上に激しく迫ったのです。
必死の抗議が通じ、協議の結果は「退場」。数的優位に立った僕たちは23分に1-1の同点に追いつきます。
後半に入った時点では同時進行で試合が行われている他会場の状況から、お互いに引き分けでも残留が決まる流れでした。両ベンチからは守りを固めるように指示が飛び、試合時間だけが不思議な感じで過ぎていきます。
雰囲気が一変したのは残り5分になってから。他会場で下位チームがリードを奪い、このまま試合が終わると9位が横浜FC、最下位がタイポーという展開になったのです。
相手ベンチやサポーターが騒ぎ始め、ピッチ上は一気にヒートアップします。何としても勝ち越し点を奪って降格を避けたいタイポー。守り切りたい横浜FC香港。試合は90分を過ぎました。
ロスタイムは3分。ここで僕たちは地獄に叩き落とされます。まさかの勝ち越し点を許してしまったのです。これで試合が終わると、順位は入れ替わり、横浜FC香港が最下位に。つまり降格となります。
早くボールを中央に戻して試合を再開したものの、相手はイエローカードも辞さずの時間稼ぎをみせます。ジリジリするような状況でロスタイムは目安の3分を過ぎてしまいました。
ここで、ようやく巡ってきたコーナーキックのチャンス。とはいえ、いつホイッスルが鳴ってもおかしくないタイミングです。
「早く蹴れ!」
ベンチから大声で指示が飛びます。
とにかく1秒でも時間が欲しい。キッカーを近くにいたセンターバックの選手に託し、ゴール前に詰めます。本来なら、いつもコーナーを蹴っている選手に任せるところですが、僕たちはその時間さえ惜しかったのです。
すぐに蹴り込まれたボールは僕のところへ一直線に向かってきます。当然、相手のマークは厳しく、前後に選手が張り付いていました。
「絶対に決める! 決めてやる」
もう、その瞬間はそれしか考えていません。僕は無我夢中でボールに飛び込みました。
この後のことは、頭が真っ白で覚えていません。自分がどう動いたのか、ボールはどこへ行ったのか……。ただ、気づけば歓喜に沸く味方の選手と、落胆してうなだれる相手の選手が見えました。
ボールの行方は……ゴールネットを揺らしていました。僕のヘディングシュートが決まっていたのです! 自分で言うのもヘンですが、奇跡的なロスタイム弾。劇的な幕切れで横浜FC香港は9位で残留を決めました。
今年でプロ生活18年目。いろいろなところでゴールを決めてきましたが、今回の1点は僕の中でサッカー人生で3本の指に入ります。サポーターも、チームメイトも、スタッフも劇的なゴールに感極まっていました。僕も不覚にも涙がこぼれましたね。
勝負の世界は残酷です。実は万が一、降格の憂き目にあった場合、僕はクラブを去らなくてはなりませんでした。2部のクラブでは外国人に労働ビザが下りないためです。試合後、娘たちには「もしパパの得点がなかったら、また転校だったね」と冗談を飛ばしましたが、また移籍先を探すことを考えれば本当にゾッとします。
僕はこれまでどんな場所でも結果を残して未来を切り拓いてきました。まさに今回は自分だけでなく、家族の運命を変えたゴールだったと言えます。
ようやくチャンスを与えてくれた香港の地で何が何でも活躍する。強い気持ちとは裏腹に、新しい環境に慣れるのはどうしても時間がかかります。覚悟していたとはいえ、なかなかゴールが遠く、もがき苦しみました。
そんな中、家族は香港に渡る決断をし、僕を常に支えてくれました。昨年末、愛媛を戦力外になってからは移籍先も見つからず、嫁や娘たちには迷惑をかけ続けてきました。最後は3試合連続ゴールで締めくくることができたのも、サポートのおかげだと感謝しています。
まだ来季のことは決まっていませんが、個人的には横浜FC香港がより上を目指せるよう貢献したいと考えています。しばらくは香港でトレーニングを続けながら、家族サービスもするつもりです。このクラブや、この土地にもっと溶け込めるよう、言葉の勉強もしたいと思っています。
異国の地で右も左も分からない中、現地の日本人やサポーターの皆さんには本当にお世話になりました。皆さんの後押しがなければ奇跡は起きなかったと感じています。
香港での日々は僕の中でも大きな財産となりました。何とかゴールをあげたことでサッカー選手としての自信も戻ってきました。今後もサポーターやクラブの信頼を勝ちとれるよう、そして日本の皆さんにいい報告ができるよう、さらなるレベルアップに励みます。僕にとっては短いシーズンでしたが、本当に応援ありがとうございました。
(この連載は毎月第2、4木曜更新です)
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