まさか仲間の胸ぐらをつかむとは思わなかった。



11日に行われた関塚ジャパンのロンドン五輪壮行試合。後半25分に先制した日本がU-23ニュージーランド代表を相手にそのまま1-0で終わるかと思いきや、アディショナルタイムに途中出場の村松大輔(清水)が自陣でボールを奪われ、そこから同点ゴールを決められてしまった。



試合が終わるとGKの権田修一(FC東京)がミスをした村松に詰め寄った。スタンドから眺めると権田が叱責しているように見えたが、その内実は違っていた。



権田が明かす。



「別に怒っていたわけじゃないですよ。ミスというものは(誰にでも)あるものですし。あのとき(村松は)口を開けて“どうしよう”っていうような顔をしていたんで、そういう表情をしていたら勘違いされてしまいますからね」



権田にミスを責める意思などなかった。動揺の色がアリアリだった村松を叱咤するための行動であった。



あのミスのシーンを振り返ってみると、パスを受け取った村松はパスの出しどころを探していた。もちろんボールを奪われてしまったのは村松の個人的なミスなのだが、周りがボールをもらおうとしていなかったことも問題だった。権田は「僕も(シュートを)止められなかったことを考えないといけない」と連帯責任であることを強調した。



彼は自分の経験をダブらせていたのかもしれない。



2月の五輪最終予選でのシリア戦(アウェー)、前半18分に相手のFKのボールが味方に当たってコースが変わり、権田はファンブルしてゴールを許してしまった。権田の実力からすれば止めてもらいたい場面ではあった。



さらに終了間際、相手の意表を突いたミドルシュートで決勝点を奪われた。シュートを打つ相手に体を寄せ切れなかった味方の責任はあるにせよ、権田は対応できなかった己を責めた。この試合、彼の好セーブが目立っていただけに悔やまれる2失点になってしまった。



「今日のはやってはいけないミス」とGKは責任を背負いこんだ。しかし、権田はこの経験を発奮材料に変えることで、続くマレーシア戦、バーレーン戦の2試合を失点ゼロに抑えた。



そんな経験をしている権田には、村松の気持ちは痛いほど分かった。だからこそ甘い言葉ではなく、しっかりと前を向かせるような言葉が必要だと感じたに違いない。詰め寄った後に「(Jリーグ戦後に)代表に戻ってからのプレーが大事になるぞ」とも伝えたそうだ。



2009年に20歳の若さでJ1デビューを果たした権田は、日本の将来を担う逸材として注目を集めてきた。その年にマークした16試合連続無失点はJ1最多タイ記録。FC東京のナビスコカップ制覇にも大きく貢献した。



A代表にも選出され、順調に出世街道を歩むものの、翌年はJ2降格の憂き目にあった。11年シーズンは副キャプテンに指名されながらもレギュラーの座を奪われ、ベンチから盛り上げる姿もあった。紆余曲折を経て、ようやくロンドン五輪本大会まで辿り着いたのだ。



U-19代表の主将として臨んだ08年のU-20W杯アジア地区予選で韓国に力負けし、本大会に出場できなかった過去もある。ゆえに今回のロンドンに懸ける思いは人一倍強い。そして、チームが一丸となって戦うことが結果につながっていくことを代表でも、そしてFC東京でも学んできた。



昨年はアジアカップに参加して出場機会には恵まれなかったものの、「チームみんなで戦うんだという姿勢はアジア杯で学んだ」と話す。チーム全体に目を配ることのできる権田だからこそ、あのタイミングで村松のもとへ駆け寄ったのだった。



関塚ジャパンに厳しい戦いが待っていることは間違いない。

初戦の相手は優勝候補のスペイン(26日、グラスゴー)だ。耐える時間が長くなることは容易に予想できる。それだけにGKの力量が試されるところだ。



1996年のアトランタ五輪が思い起こされる。若きスター候補生をそろえたブラジルと対戦し、ゴールマウスを死守した川口能活(磐田)の踏ん張りがチームに力を与えたからこそ“マイアミの奇跡”が起こった。スペイン戦のキーマンを挙げるとすれば、その一人は間違いなく権田になるだろう。



川口のライバルだった楢?正剛(名古屋)もシドニー五輪で存在感を発揮し、ベスト8入りに大きく貢献している。そして、その後2人とも五輪の経験を経てひと回り大きく成長し、W杯の舞台を踏んだ。権田にとっても、ロンドン五輪がさらなる飛躍のきっかけをつかむ大会となることは言うまでもない。



18日に英ノッティンガムで行なわれたU-23ベラルーシ代表との親善試合は無失点で切り抜けており、吉田麻也(VVV)も合流した守備の安定度は増してきている。そして、途中出場した村松がニュージーランド戦のミスを引きずってはいなかったことは、権田自身も嬉しかったのではないだろうか。



権田修一がチームを鼓舞する姿は頼もしくも見える。「グラスゴーで奇跡を起こそうぜ」――。そんな彼の声が、決戦の地から聞こえてくる。



(この連載は毎月第1、3木曜更新です)


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