圧巻の12RKOから3カ月。1月のWBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチで無敗の王者となった内山高志(ワタナベ)が初の防衛戦に挑む。5月17日、場所は地元のさいたまコミュニティアリーナ。同級12位の長身ボクサー、アンヘル・グラナドス(ベネズエラ)の挑戦を受ける。プロでのKO率は実に78.6%。アマチュア時代にはゲームセンターのパンチングマシーンを破壊した逸話も持つハードパンチャーの強さの秘密はどこにあるのか。入門当時から「すこい素材」だと惚れこんでいたワタナベジムの渡辺均会長と内山本人に、当HP編集長・二宮清純が質問のジャブを繰り出した。
二宮: 内山選手は全日本選手権3連覇などアマチュア経験は豊富でしたが、プロデビューは25歳と遅かったですね。入門のきっかけは?
渡辺: 当時うちにいた瀬端幸男マネージャー(現ビータイトプロモーション代表)の推薦です。「いい選手がいるから、どうだ?」と薦められたんだけど、最初はあまり興味がなかった。というのも当時、大学ナンバーワンともいわれた選手が入ったんですけど、「世界はムリだろうな」という実力でしたから。内山が勝った全日本の決勝もテレビで1回観たことがありましたが、あまり印象には残らなかった。それでも溝端マネジャーが「すごくいい」と言うもんだから、「安い支度金しか出せないけど、来るんだったら来れば」と。内山には悪いけど、最初はそんな感じでした。

二宮: ところが、実際にミットを受けてみると、すごかったと?
渡辺: パンチが強いとはウワサに聞いていたけど、こんなに重いとは思わなかったですよ。打ち方もいいし、これはすごい素材だと。その瞬間に「これは東洋チャンピオンにはなるな。うまくすれば世界も行ける」と思ったんです。

二宮: ワタナベジムは過去5度世界王者に挑戦して、いずれも厚い壁に跳ね返されてきました。たとえばWBAジュニアウェルター級に挑んだ吉野弘幸はハードパンチャーでしたね。彼と比べていかがでしたか?
渡辺: 全然。バランスが違いましたね。確かにパンチ力とかスピードは吉野のほうが上だったかもしれませんが、彼にはディフェンス力がまったくなかった。
 ただ、なにしろプロの世界っていうのはチャンスをつかまなくてはいけない。世界を獲らない限り、誰も認めてくれませんから。どうやって世界まで持っていくかは本当に苦労しました。特に内山はアマチュアで実績がある選手なので、日本ランキングの時からチャンスが来ない。「内山は強い」と思われているから誰も戦ってくれなかったんです。仕方がないからアジア各国のチャンピオンを呼んで、東洋チャンピオンになることはできました。
 でも世界戦となるとマッチメイクは難しい。偶然実現する場合もあれば、べらぼうにお金がかかる場合もあって、やり方は100通りくらいでも、どれが成功するかは分からない。でも内山にはそんなそぶりは見せられないから、いつも「もうちょっとしたら世界だぞ」とハッパをかけていたんですね。内山もそれを信じて頑張っていましたし、私も最初の印象から「内山だけは世界チャンピオンにしてやりたい」と思っていましたから絶対に諦める気はありませんでした。

二宮: ようやく実現したカードが、ファン・カルロス・サルガド(メキシコ)戦。あのホルヘ・リナレス(ベネズエラ)を一撃で倒した相手です。戦前は苦戦も予想されました。
渡辺: でも、我々にとっては実現させるのが第一目標でしたから。もしリナレスがやってくれるならやったし、最悪、外国でも世界戦を組むつもりでした。相手が誰であれ、決まった時はホッとしましたよ。ここまで来たんだから、「とにかく世界を奪え」という覚悟でしたね。

二宮: 内山選手自身はどんな気持ちでしたか?
内山: できるかもしれないと聞いた時点でうれしかったですね。相手の実力とかは考えていなかったですね。どんなに強い相手でも、試合をやればベルトを獲る可能性は絶対あるわけなので。

二宮: 世界チャンピオンはいつから意識していましたか?
内山: もう、プロになる時に「絶対チャンピオンになろう」と目標にしていました。
渡辺: 私自身はジムを立ち上げて28年間、腹の中では「絶対に世界チャンピオンをつくる」と思っていました。内山もそうだけど、絶対にやってやろうという気持ちが継続したことが、勝利につながったのではないでしょうか。まぁ、最初から28年かかると分かったら辞めていたかもしれないですが(笑)。

二宮: サルガド戦は立ちあがりから終始、相手を圧倒し、素晴らしいボクシングを展開しました。あらためて会長からみた内山選手の長所を教えてください。
渡辺: 総合力の高さですね。相手の動きを見る目は一級品だし、ディフェンスもいい。パンチの重みは人間離れしている。ありきたりな表現かもしれないけど、3拍子揃っていますよ。
 意外と対戦相手は「ものすごいパンチ」とは言わないんですけど、クリーンヒットしなくてもだんだん効いてくる。サルガドなんか最後のほうはモロにパンチを受けていたから危なかったですよ。サルガドは一流のチャンピオンだったけど、パンチの重みではミドル級の選手とやっているように感じたのかもしれない。日本のボクサーでこんな重いパンチを打てる人間は過去にもそういないですよ。私はこれまで何百人とミットを受けてきたから、それは自信を持って言えます。

二宮: ラウンドを重ねるごとに、サルガドの目が弱気になってきましたよね。かなりダメージが大きかったのでしょう。
内山: 僕のボクシングは少しずつダメージを削って削って、最後にボンと行くタイプなんです。
渡辺: アマチュア時代から一発でスコンと行くんじゃなくて、ドンドンドンと相手を追い詰める。これが内山の特長ですよね。ただ、それが天性のものなのか、努力によるものなのかは分からない。たぶん両方なんだとは思いますけど。

二宮: 内山選手はどちらだと思いますか?
内山: いや、自分は素質のあるほうじゃないですよ(笑)。練習をやらないと心配です。だから逆にやろうって気持ちになれるのかもしれません。
 この前のサルガド戦も落ち着いて観るとまだまだ悪いところがいっぱいです。重心が上に浮いちゃう場面もありましたし、ガードも高い位置に保とうと意識していたのに、ちょっと下がっていた部分もありました。次への勉強がたくさんみつかりましたね。

二宮: 10連続防衛中の長谷川穂積(WBCバンタム級王者)と話をすると、ボクサーで一番大切な要素は距離感だと言っています。内山選手が大切にしているものは?
内山: やっぱり距離感ですね。自分のパンチが一番効果的に当たる距離を知ることが大切だと考えています。長谷川選手の場合は、それを完全に体で覚えていますよね。おまけにスピードもあるし、カウンターの能力もある。僕の場合、一番自信があるのは左ボディ。それが当たれば絶対効くと思っているので、肉を切らせて骨を絶つじゃないですけど、少々パンチをもらう覚悟で懐に入れるタイムングをはかっています。

二宮: 理想のボクサー像は?
内山: 尊敬する選手は(5階級制覇の)マニー・パッキャオです。でも僕にはパッキャオのような爆発的なスピードはない。だから、自分のレベルをさらに上げていって、最終的には「内山高志」っていう洗練されたボクサー像をつくることが理想ですね。

二宮: ぜひ防衛を重ねて、パッキャオみたいな強くて華のあるボクサーを目指してください。
渡辺: 今、内山は質素に暮らしていますけど、3、4回は防衛してもらって稼げるボクサーにすることがこれからの私の仕事ですね。今、思えば23歳くらいでプロになって、27、8歳で世界に挑戦できていたら、もっと良かったのかもしれません。でも、彼の経歴をみると大学でも最後に日本選手権で勝っているし、大器晩成型なんですよ。幸い現時点では体も痛めていないから、あと3、4年続けていけば、もっと上に行ける気はしています。
内山: まぁ、大金を稼げるボクサーになりたいですけど、今はまず次の試合で防衛すること。もっと実力をつけて「アイツ強いな」と世界に認めてもらうことが最優先です。

<現在発売中の小学館『ビッグコミックオリジナル』(2010年5月5日号)に内山選手のインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください>