あの1球には、大竹寛の30年の人生がつまっていたのだと思う。

 9月17日の阪神戦。1対1の同点で迎えた8回表のことである。2死三塁と攻められて、打席には阪神の代打の切り札・桧山進次郎。

 ここまでの展開からいって、1点取られたら、そのまま1-2で負けだろう。是が非でも抑えなくてはならない。しかし、大竹もすでに球数が100球を超えている。

 カウント1ボール2ストライクからの4球目。アウトローへ渾身のストレート。空振り三振! 150キロ!

 これはただの1球ではない。あの、先発しては自滅のような形でのKOを繰り返した日々。野村謙二郎監督になってキャンプでいきなり起こした右肩の故障。そして、150キロの豪球と鋭いスライダーという才能……。そういう彼の起伏の激しい来し方すべてがオーバーラップする。

 だからこそ、とても、ただの150キロのストレートには見えなかったのだ。桧山のバットなどなかったかのように、どこか神々しいような、あるいは大竹の人生を背負ったような、その軌道だけが脳裏に残る。

 9回裏に飛び出した石原慶幸のサヨナラホームランも、無茶を承知で言えば、このストレートが打たせたのである。カープがクライマックスシリーズに進出できれば、もちろん、その功労者はまず、後半戦に8連勝を収めた前田健太だけれども、直接の要因は、この大竹の1球にこそある、と言いたい。

 話は変わるが、鈴木誠也を見ましたか。二松学舎大付高からドラフト2位で入団した高卒ルーキーである。14日~16日の巨人3連戦で3試合連続、代打で起用された。

 結果はトータルで3打数1安打。16日の第3戦、巨人の左腕・今村信貴のスライダーをレフト前タイムリーにしたのが、プロ初ヒット。これは貴重な先制打でもあった。

 高卒ルーキーの有望株ということで、どうしても堂林翔太と比べてしまう。

 打ち方は堂林のほうがしなやかだと思う。堂林は左足で大きくステップして、バットがしなるようなスイングができる(あくまでも、いいときは、ですよ)。これは、彼がホームランを打てる理由でもある。

 一方、鈴木は、堂林ほど大きく体を使ったステップはしない。その分だけ、ステップは自然だといってもいいし、体の軸がぶれにくいだろう。結果、ヒットする確率もあがりやすいかもしれない。

 しかも、スイングはなかなか力強い。ただ、あえて気になるところをいえば、ちょっと動きがゴツゴツしている。ゴツゴツの質は全然違うが、たとえば中日の平田良介とか、巨人の大田泰示とか、彼らのフォームは動きがしなやかではないじゃないですか。ちょっと、ああいうにおいがするというか。

 もっとも、平田と大田では実績はえらい違いだ。鈴木が平田的であれば、問題ないことになる(慌てて付け加えるが、平田、大田というのは、あくまでも極端な例である。鈴木は、彼らよりはスムーズなフォームを身につけられるはずだ)。

 両者のウエスタンリーグでの1年目の成績を比べてみよう。堂林(2010年)は100試合出場で打率2割7厘、7本塁打、2盗塁。鈴木は今季9月13日までで93試合、打率2割8分1厘、2本塁打、10盗塁。

 フォームで比較したことが、一目瞭然に見てとれる。打率は鈴木、ホームランは堂林である。これが、彼らがもともと持っている才能の形なのだといってもいい。

 私は、堂林というと去年の6月を思い出す。今年よりも全然飛ばない例の統一球で、右中間に大きなアーチをかけた。ホームラン打者らしい、高さと伸びのある大きなアーチだった。あれが彼の本来の実力である。

 今年を見ていると、カープ首脳陣は堂林を試合には出したけれど、育てることはできなかった、と断じざるをえない。同じ右方向のいい当たりに見えて、フェンス前で失速する打球を何度見たことか。ボールをとらえるときに両腕が縮こまっているように見える。

 一方の鈴木。スイングに力があるのがいい。1年目の数字にも現れているし、今村の外角球をスイングの力でレフト前に持っていった初ヒットからも想像できるように、きっと、ある程度の打率を残すことはできる。そのボールがスライダーだったことでもわかるように、変化球にも対応できる。

 堂林の課題は、いかに打率を上げるかである。鈴木の場合は、もう少しの柔軟性か。

 またまた極端な例を出せば、トニ・ブランコ(横浜DeNA)より、ウラディミール・バレンティン(東京ヤクルト)のほうが飛距離が出るじゃないですか。今の鈴木は、ブランコ的にボールをたたく。これにバレンティン的なしなやかさが加われば、もっと長打を打てるようになるのではないか。

 もちろん、堂林も鈴木も、現時点では今年のこの2人の外国人打者の足元にも及ばないが、せっかくだから、そういうレベルを目指してほしいものだ。

 近い将来、この2人が、右の大砲コンビとして三遊間を守ったりするといいですね。センターは丸佳浩、捕手は今のところ會澤翼かな。

 重要なのは、こういう若々しい顔ぶれで、常にAクラスに行ける真に強いチームをどうつくりあげるか、ということである。今年は、たまたま途中加入のキラ・カアイフエが大当たりだったから3位になれる、というのではなく、本当はそういうところで首脳陣の力量は問われるべきだと思うのだが。

(このコーナーは二宮清純と交代で毎週木曜に更新します) 
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