カープの打撃コーチに就任した新井宏昌はイチローを育てたことで知られる、球界屈指の名伯楽である。

 新井と言えば、現役時代の1987年には184安打という当時の年間最多安打記録を更新したほどの巧打者だが、バットへのこだわりは私が知る限りでは落合博満と双璧だった。

 南海から近鉄に移籍してすぐの頃だ。本人から、こんな話を聞いたことがある。「メーカーさんに“(バットに)二重に袋をかぶせてみてはどうですか?”と提案したのは、おそらく僕くらいでしょう」

 真意をはかりかねていると、新井は実際にバットを手に取って、こんな説明を始めた。

「メーカーさんから、バットをもらうと、袋のグリップエンドの部分に必ず丸い穴が開いているんです。特に梅雨どきとかは、そこから湿気が入るとバットが重くなってしまう。しばらくおいておくと、例えば910グラムのバットが940グラムくらいになってしまうことがあるんです。

 そうなると、もう使えない。だから僕はメーカーさんに提案したんです。当然、密封状態にしておいた方が保存はきく。乾燥室で乾かしたバットというのは、バットそのものがカスカスになりそうな気がして信用が置けないんです」

 打者にとってバットはある意味、命の次に大切なものだ。「弘法、筆を選ばず」と言うが、野球界においては、筆を選んでこそ名人である。新井は技術の前に意識改革から始める気ではないか。私はそう見ている。

(このコーナーは書籍編集者・上田哲之さんと交代で毎週木曜に更新します)
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