6年目を迎えた四国・九州アイランドリーグは、選手育成で毎年、着実に成果をあげている。今年は本ドラフトで、これまでで最も多い3選手が指名を受け、育成を含めても史上最多タイの6名がNPB行きの夢を叶えた。今季は福岡に在籍していた千葉ロッテの秋親、カープドミニカアカデミーよりリーグに派遣されていた広島のディオーニ・ソリアーノがそろって1軍で白星をあげるなど、元アイランドリーガーの活躍も増えてきた。過去5年間で20名のNPBプレーヤーをドラフトで輩出してきたリーグから、新たなる扉を開いた選手たちを引き続き紹介する。
(写真:長身から豪快なフォームで速球を投げおろすヤクルト育成2位の香川・上野)
<強肩でアピール 〜横浜・岡〜>

 田中将大(東北楽天)、辻内崇伸(巨人)、山口俊(横浜)、堂上直倫、平田良介(いずれも中日)……。
 のちにプロ入りするメンバーとともに高校日本代表に選ばれた。高校時代の岡賢二郎はまさにエリートだった。春日部共栄高では甲子園に出場。4番打者で辻内からホームランを打った。プロのスカウトも注目するキャッチャーだった。

 しかし、日本体育大学に進学すると、岡の名前は表舞台から消えた。ポジション争いに敗れ、試合に出たくても出られない。「完全燃焼したかったんです」。トライアウトを受け、大学卒業と同時にアイランドリーグに入った。
「トライアウトで真っ先に目を引いたのは肩の強さでした。大学時代もレギュラーではなかったと聞きましたし、実力がないのは仕方がない。でも、キャッチャーはNPBも注目するポジション。“何とか(NPBへ)行かせてやる”と本人に言ったのを覚えています」
 愛媛の沖泰司前監督は、そう最初の出会いを振り返る。

 沖はもうひとりのキャッチャーと併用しながら、岡にどんどんマスクをかぶらせた。「1球の大切さ、野球の奥深さを改めて痛感しました」。一発勝負のトーナメント戦以上に、年間76試合を戦うリーグ戦ではキャッチャーの頭脳がチームの浮沈につながる。その試合での打席のみならず、前日の対戦や1週間前、1か月前の対戦を踏まえた上で、よりベターな配球を選択しなくてはならない。リードのことを考えれば考えるほどパニックになった。ベンチに戻ってインサイドワークについて叱責され、涙を流したこともあったという。

 ただ経験を積めば、高校日本代表にも選ばれた実力は徐々に現れてくる。全くの無名選手よりスカウトの目にも留まりやすい点もプラスに働いた。最後のアピール機会となったみやざきフェニックス・リーグでは、強肩で盗塁を阻止した。
「まず元気がいいのでチームを引っ張る存在になれる。キャッチャーらしいキャッチャーですね。最下位のチームだけに、何より沈滞ムードを変えられる選手が必要だったのでしょう」
 横浜OBでもある徳島・堀江賢治前監督は、そう指名理由を解説する。横浜は今季、FAで橋本将を千葉ロッテから獲得したものの、なかなか扇の要を定めることができない。競争に割って入る余地は充分にある。

「守りでも修正しなくてはいけないところも多いし、打つ方も打率は1割台。まだまだです。でも今季、リーグ戦で唯一打ったホームランは、ちょうど横浜のスカウトが来ていた試合でした。何かを持っている人間なんだと思いますよ」
 沖が語るように攻守ともに課題は少なくない。横浜の指名順位は8位。12球団を合わせて今年の本ドラフトで最も最後に指名を受けた選手である。それでも愛媛に来て1年でNPBへの扉を開いた。確かに“何かを持っている”男なのかもしれない。

「エラー、四球で出したランナーを刺してカバーできる捕手になりたい。ここぞという時に信頼してくれる選手になりたいですね」
 埼玉県出身だけに、関東には家族や親戚、元チームメイトもたくさんいる。苦しい時に支えてくれた人たちのためにも、1軍ではつらつとしたプレーをみせたい。そう岡は考えている。

<真の大型右腕へ 〜東京ヤクルト・上野〜>

 期待はしていたが、正直、指名されるかどうかドキドキの心境だった。育成ドラフトで自分の名前が呼ばれた時、手にはベットリと汗をかいていた。
「結果は決して良くないのに指名してもらった。まずは支配下登録目指して頑張りたい」
 大きな体をギュッと引きしめて決意を語った。

 身長193センチ、MAX152キロ。体格と球速だけみれば、もっと上位で指名されてもおかしくない投手だ。
「コントロールもアバウトだし、フィールディングにも難がある。1軍で投げるには現時点では力不足」
 香川・西田真二監督の評価は手厳しい。それは裏を返せば、彼の素質を高く買っている証拠でもある。天野浩一コーチも「ウチでドラフト指名の可能性が高いピッチャーは上野」と事あるごとに口にしてきた。

 上野は大学を中退し、4年間米国でプレーしている。米国の硬いマウンドはちょっと上半身に力を入れれば、速いボールが投げられた。しかし、日本の柔らかいマウンドではそうはいかない。帰国後、なかなか本来の速球を投げられなかった右腕と、天野はフォーム修正に着手した。グラブを持った左手を上げ、そこからグラブを叩きつけるように振り下ろす反動を利用して右腕を振る。改造の成果は表れ、徐々に本来の球威を取り戻していった。

 上野の持ち味を引き出すため、チームメイトも協力を惜しまなかった。今季限りで退団した捕手の上ノ下健は徹底してストレートを要求した。
「ベンチからは“スライダーを使え”と言われたこともあります。でも、せっかくストレートがあるのに、それを見せないのはもったいない。上野にはテンポよく投げさせることを意識しました」
 同じ真っすぐを全球、全力で投げていては一本調子になる。状況を考え、力を入れるところは入れ、抜くところは抜く。ストレート主体の投球を続けるうちに打者を打ち取るコツもつかめた。

「ただでさえバッターにとっては真上からボールが来るような威圧感がある。あと球速が5キロ増せば、1軍のセットアッパー、クローザーも狙えるはずです」
 対戦相手だった徳島の堀江前監督はそう語っていた。ヤクルトの2軍投手コーチには、その徳島でコーチを務めていた加藤博人が就任した。上野の長所も短所を知っている人間だけに、的確な指導でステップアップできる可能性は高い。

 昨オフは、メジャーリーグも経験した右腕の小林雅英(現オリックス)と自主トレを行った。筋力には自信があったが、ウエイトトレーニングに全くついていけなかった。一流のすごさを身を持って体感した。それだけに同じ舞台に立つために何をすべきか分かっている。
「僕の場合、他の選手と比べると米国や日本の独立リーグを経験したり、球歴がすこく変わっている。だから、こういう選手でもNPBでできることを示したい」
 まわり道の末、ようやくひとつの夢が叶った。だが、それは名実ともに大型右腕になるためのスタートラインに過ぎない。

(石田洋之)