ボクシングのダブル世界タイトルマッチが31日、東京・有明コロシアムで行われ、WBAスーパーフェザー級では王者の内山高志(ワタナベ)が同級4位の挑戦者・三浦隆司(横浜光)を8R終了時TKOで下し、3度目の防衛に成功した。内山は3Rにダウンを奪われる苦しい展開だったが冷静に巻き返し、8R終了時に三浦が右目の視力を失って棄権を申し出た。これで王座奪取から4連続KO勝利となり、自身の持つ日本人記録を更新した。一方、WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチでは、同級6位の挑戦者・下田昭文(帝拳)が王者の李冽理(横浜光)を3−0の判定で破り、世界初挑戦でベルトを獲得した。
(写真:左のパンチを有効に使って攻める内山)
<内山、“三重苦”を乗り越えた防衛>

 2R、内山の右拳にガチンと衝撃が走った。拳が握れず、力が入らなくなった。繰り出したパンチが相手の固いおでこに当たり、手を痛めてしまったのだ。試合後、右手はパンパンに膨れていた。ドクターによると骨折の可能性が濃厚だという。ハードパンチャーながら、これまで骨折とは無縁だった王者にとって、予期せぬアクシデントだった。

「正直、どう組み立てようかと思った」
 悪いことは続く。そこへ3R、バッティングで右まぶたをカットした。これまた長いボクシング経験で初めての出来事だった。
「目に血が入ってぼやけたことがなかったので、慣れるのに時間がかかった」
 集中力を欠いたところへ、三浦の左ストレートを被弾した。「あぁ、もらっちゃたな」。気づけば尻もちをついていた。プロに入って2度目のダウン。「ちょっとした油断があれば、その一瞬を見逃さずに攻撃したい」と戦前に語っていた三浦のペースになりかけた。
(写真:「(中継用の)集音マイクがあったので、“(拳が)痛い”って言えなかった」と苦笑い)

 王者にとっては難しい試合だった。当初は暫定王者ホルヘ・ソリス(メキシコ)と対戦するはずが、相手の気管支肺炎で1カ月前にキャンセルになった。急遽、三浦が相手に決まったものの、サウスポーでスタイルが異なる。防衛戦への戦略は練り直しを余儀なくされた。何より、周囲の楽勝ムードが内山を苦しめた。
「自分は三浦選手を強いと意識していた。でも周りは“油断するな”とか勝って当たり前の雰囲気になっている。それがすごくイヤだった」

 だが、予想外の展開にも自分を見失わないのが、王者の王者たる所以だ。「(左の)ジャブが一番当たっていた」と得意の右が使えない分、左をうまく使った。「全部で10種類以上ある」というジャブを繰り出し、的確に挑戦者の顔をとらえる。「速かった。いろんな角度からきた」と三浦も認める巧さで、徐々に流れを取り戻した。

「ダウンをくらってからは集中して、ガードを固めてジャブを突いて自分のボクシングができた」
 一発で仕留めようと振りまわしてくる相手の強打をギリギリのところでかわし、冷静に細かいパンチをまとめた。三浦の右まぶたはラウンドを追うごとにうっ血し、膨れ上がっていく。そして8R、「急に(右目が)見えなくなった」と三浦が試合続行を断念。「あのままやっても勝てなかった」と挑戦者は潔く負けを認めた。 
(写真:「予想以上に強かった」と痛々しい表情で試合を振り返る三浦)

 圧倒的有利と言われた試合が、「プロに入ってから一番苦戦した」。それでも終わってみればKO勝ち。KO率は82.3%となり、歴代の日本人世界王者ではトップに立った。
「収穫は左でコントロールした戦えたこと。こういう状況でも戦えたことはいい経験になりました」
 次戦は拳の回復を見ながら、しばらく間隔を空けることになりそうだ。「ふがいない試合で申し訳ありません。次はしっかりKOして勝ちたい」。痛めた拳、まぶたからの出血、勝って当然のムード……。本人にとっては不完全燃焼の内容かもしれないが、“三重苦”を乗り越え、内山はまた強くなった。

<下田、「神様がレールを敷いてくれた」>

 倒し、倒され、倒し、倒した。4度のダウンシーンが展開されたタイトルマッチは挑戦者の下田が制し、ベルトを奪った。「36分間に自分の人生を賭けたい」と話していた大勝負をモノにし、新王者は「チャンピオンになったのもそうだが、自分自身に勝てたのが良かった」と喜びを表した。

 まずは2Rだ。カウンターで合わせた左のショートフックが炸裂。意表を突かれた李は後ろに倒れると、驚いたような表情を隠せなかった。
「ダウンで冷静になれなくなった」
 直後に右ストレートでダウンを奪い返したものの、昨年10月、プーンサワット・クラティンデーンジム(タイ)を破って王座に就いた時のような巧さは消えていた。焦りからか動きは悪く、パンチにキレがない。
(写真:2R、ダウンを奪われた李)

「カウンターがストレートだったら見えたが、大きなフックは対応できなかった。相手の持ち味を生かされた」
 5Rにはアッパーで下田を起こそうとしたところへ返しのフックを浴び、ヒザを突いた。8Rにもコーナーを背にして、再びフックを被弾。横倒しにさせられた。カウンターを警戒して手数も少なくなり、挑戦者のスピードに圧倒された。

 逆に下田は初の世界戦で持ち味を十分に発揮した。「やりながら(相手に)合わせられる天性のものがある。それに今は基本が加わった。誰にもできないボクシングをする」と葛西裕一トレーナーが高く評価する天然系スタイル。大振りになった李に対して、小刻みにパンチをまとめ、主導権を握った。カウンターのフックを警戒して相手がガードを上げると、今度はボディを叩きこみ、スタミナを奪った。

 最終12R、セコンドの指示は「(KO狙いの相手を)押し込んでポイントアウトを狙え」。だが、下田は自らの感覚を信じた。「前に前に行って相手の距離に入っている。昔の自由奔放なスタイルでいきたい」。足を使って距離をとり、頭を振って、相手に有効打を与えなかった。葛西トレーナーは試合後、「指示通りじゃないことをする」と苦笑いしたが、終盤、接近戦で連打を浴びる場面もあったことを考えれば下田の戦い方は間違ってはいなかった。

 ダブルタイトルマッチとして予定されていた内山−ソリス戦が中止になった影響で、当初の予定より試合が3週間延びた。その間に「相手との距離感をつかんだ」と明かす。「これまで打って避けての繰り返しだった。昔のままだったら右ストレートをもっともらっていたはず」。それだけに「すべては自分に向かって神様がチャンピオンへのレールを敷いてくれた」と感じていた。

 同じ帝拳ジムのWBC世界スーパーフェザー級王者・粟生隆寛とは同級生。試合前には「WBAとWBCのベルトを交換しよう」と約束した。日本王者も世界王者になるのも先を越されたが、お互いに競い合い、励まし合いながら追いついた。
「1度の人生、ボクシングに出会ったんだから強くなりたい」
 高校を中退し、拳ひとつで成りあがったチャンピオンロード。これからは自分自身でレールを敷く番になる。

(石田洋之)