東北楽天のエース岩隈久志は昨年オフ、ポスティングシステムによるメジャーリーグ挑戦を希望していた。ところが落札したオークランド・アスレチックスとの交渉がまとまらず、今季は楽天に残ってプレーする。なぜ岩隈は移籍を断念したのか。「1年間戦ってチームを引っ張って優勝したい」。気持ちを切り替え、新たなシーズンに臨む右腕を二宮清純が直撃した。
(写真:「星野監督は本気だから厳しいんだと思う」と新監督の印象を明かす)
二宮: 今回のアスレチックスとの破談に関しては、一部で「お金じゃないと言っていたのに、条件が合わないというのはどういうことなのか」といったネガティブな見方もありました。
岩隈: 僕は、先方(アスレチックス)の誠意というか、本当に僕を必要としているのかどうかを大切にしようと思っていました。「お金は問題じゃない」と考えていましたし、提示された金額を先方の評価として真摯に受け止めるつもりだったんです。しかし残念ながら、先方が提示した条件に対し、こちらは一切、交渉する余地が与えられなかった。その点でまったく誠意が感じられなかったので、入団できないと判断したわけです。

二宮: 交渉事においては、双方とも、ある程度は妥協しなければいけない。ところが歩み寄ろうとしても話し合いの余地がなく、いきなりシャットアウトされてしまったと。条件の中身ではなく、相手の対応が残念だったということでしょうか。
岩隈: そうです。代理人(団野村氏)から聞いた話だと、一回目の交渉時に金額提示もあったそうですが、先方からは「これで条件が飲めなかったら、この話はなかったことにする」と言われたようです。入札をしてもらえたことはありがたかったのですが、交渉の余地がなかったのは本当に残念でした。

二宮: アメリカのメディアでは、岩隈さんが「7年105億円」の契約を吹っかけてきたといった報道もありましたが……。
岩隈: そんな要求は一切していません。

二宮: こういった報道があったことに対しても心を痛めていたのでは?
岩隈: はい。そんな話は一切していなくても、いったん報道として出てしまうと、世間の人たちは“岩隈はすごい要求をしたな”と思ってしまいます。僕も家族もすごく傷つきました。
 アスレチックスのビリー・ビーンGMは「メディアにウソの情報をリークしてしまったことは申しわけない」と代理人を通じて謝罪したそうですが、報道が訂正されることはなかった。もし相手側に誠意があるのなら、こういった誤った情報は正すべきでしょう。そういうなかで、自分が必要とされているのかどうかを考えた時に、必要とされていないと判断したわけです。ですから今回はお金の問題では全くない。いくら好条件を提示されてもアスレチックスでプレーすることはなかったでしょう。

二宮: ビリー・ビーンといえば、メジャーでも屈指のセネラルマネジャーといわれています。コストコントロールをして、いかに少ない投資で球団を強くするのかという点に関しては非常に評価が高い。反面、ビジネスライクすぎるという意見もあります。今回は後者のほうが強く出すぎたのかなといった印象ですね。
 ちなみに、今回の交渉は団野村氏に任せていたわけですが、今後、再びメジャー挑戦の機会があれば岩隈さん自身も交渉に出ていこうと思っていますか?
岩隈: 今回のことを経験して、それは感じましたね。仮に今回の交渉も僕自身が入っていれば、また違った結果になっていたかもしれない。

二宮: ポスティング移籍の先輩とも言える松坂大輔投手(レッドソックス)からも、いろいろとアドバイスをもらったとか。
岩隈: まずは「自分でしっかり考えたらいい」と言われました。そして「もう1年、日本でプレーした上でFAの権利を獲得してからおいで」とも。温かい言葉をかけてもらったことが、すごくうれしかったです。

二宮: 今季、順調にいけばFA権を獲得できるわけですが、その前にポスティングでメジャーに行こうと思ったのはなぜ?
岩隈: 自分の年齢や体を考え、できるだけいい状態で挑戦したいという思いがひとつです。もうひとつは楽天に入団する時に、いろいろな経緯があったので、お世話になった球団に恩返しがしたいという思いもありました。

二宮: つまり、FAで移籍したら球団には1円も入らないけれど、ポスティングだといくらかの入札金が入る。そういうことも考えたと?
岩隈: そうですね。

二宮: 岩隈さんにとっては今季が今度こそ楽天でのラストイヤーになるかもしれない。仙台で優勝して、FA宣言をしてメジャーに挑戦する。それが最高のシナリオでしょうか。
岩隈: そうなれば一番いいですね。ただ、現時点でメジャー挑戦については考えていません。まずは開幕に向けてしっかり頑張って、この楽天で優勝を目指す。今はそれだけに集中しています。

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