ルーキーが注目を集める今季のプロ野球だが、もちろん昨季まで主役を張ってきた選手たちも、その座を譲るつもりはないだろう。ダルビッシュ有や岩隈久志、中島裕之といったスターたちは今オフのメジャーリーグ挑戦も囁かれており、日本でのラストイヤーとなるかもしれない。果たして難攻不落のダルビッシュを攻略する秘策はあるのか? そして、3強3弱の構図が色濃いセ・リーグの行方は? 知将・野村克也へのインタビューを引き続きお届けする。
二宮: 斎藤佑樹が入団した日本ハムにはダルビッシュ有という球界ナンバーワンピッチャーがいます。バッター有利の現代、4年連続防御率1点台というのは奇跡ですよ。オフの契約更改では年俸が5億円(推定)になりました。この右腕だけは難攻不落ですか?
野村: まぁ、今の日本のエースといえば彼しかいないでしょうね。これだけ点を取るのが難しいピッチャーと戦うには方法は2つしかない。思い切ってこちらも岩隈久志のようなエースをぶつけ、ロースコアのクロスゲームに持ち込む。もうひとつは最初から逃げる……(笑)。

二宮: かつて野村さんは「誰がキャッチャーをやっても杉浦忠(故人)は38勝4敗や」とおっしゃった。圧倒的な力を持つピッチャーにはリードなど関係ないというわけです。考え方によっては、これはキャッチャー不要論ですね。いかにしてキャッチャーというポジションを世にアピールするか。その野村さんの苦節が珠玉の配球術を編み出す原動力になったのではと見ています。今のダルビッシュはかつての杉浦クラスですか?
野村: もう、そのレベルに達しているでしょうね。彼もキャッチャーは関係ないですよ。

二宮: 野村野球を取材していて忘れられないシーンがあります。97年のシーズン、巨人は清原和博をはじめとする大補強を行い、開幕前は圧勝と言われていました。ところがフタを開けるとヤクルトの優勝。開幕戦でヤクルトは巨人のエース斎藤雅樹を叩いて勢いに乗った。この試合のヒーローが広島から移ってきた左の小早川毅彦。「斎藤はワンスリーのカウントになると決まって外からチョロッと曲がるカーブでカウントを整えにくる。これを狙え!」。野村さんの指示がピタリ的中し、小早川は3打席連続ホームラン。これは秘策という名の毒針でした。
 当時の斎藤も2年連続で最多勝になるなどダルビッシュ級の働きをしていました。こうした秘策はダルビッシュに対しては皆無ですか?
野村: ……ありますよ、ひとつだけ(苦笑)。ピッチャーの一番の武器は鋭いスライダーでもなければフォークでもない。真っすぐなんです。ダルビッシュはバッターに対し、最初に自分の一番速い球を見せる。これを見せられるとバッターは、その残像が残ってしまう。何とか、これに合わせようとする。ところが実際に投げるボールは、ほとんどが変化球。ストレートを見せた時点で、主導権はダルビッシュが握っているわけです。
 楽天時代に調べたことがあるのですが、ダルビッシュはストレートを3球以上、続けない。続けても2球までです。もう、お分かりでしょう(笑)。

二宮: つまりストレートが2球続いた場合、次はストレートを捨て、思い切って変化球に狙いを絞ると?
野村: そういうことです。ストレートが2球続いたら、喜べと。次はかなり高い確率でスライダー系のボールかフォークやチェンジアップが来ます。そこにヤマを張るしかない。3球続けてストレートが来たら「失礼しました」と言ってベンチに戻ってくればいいんです(苦笑)。

二宮: 日本のエースを打ち崩すには、それくらいの割り切りが必要だと?
野村: 無難に攻めたって攻略できるわけがない。どこかで腹をくくらないと。あとは徹底的に足を使ってバッテリーを揺さぶるとか……。

二宮: パ・リーグは一昨年Bクラスの千葉ロッテが3位から日本一になったように、どこが勝ってもおかしくない。今季も混戦になりそうですね。
野村: 順位予想をするのは非常に難しい。ただ、僕は声を大にしていいたいことがあります。今のクライマックスシリーズのシステムはぜひやめてもらいたい。144試合戦ってトップになったのに、たかだか5、6試合くらいのプレーオフでやられちゃうなんて……。昨年の福岡ソフトバンクには同情しちゃいましたよ。短期決戦は目に見えない無形の力がものすごく勝敗を左右するんです。今の仕組みだと2位や3位のチームが波に乗って調子が良ければ、ダーッと勝ってしまう可能性が高い。優勝したチームは勝ち上がりを待っている間、実戦から遠ざかっていますからね。これなら、まだ昔の前後期制のほうがいいでしょう。

二宮: セ・リーグに話を移しましょう。昨季のチャンピオンは中日。落合博満監督になってから7シーズンで日本一1回、リーグ優勝3回、Bクラスは1度もなし。さすが第2回WBCで野村さんが日本代表監督に推しただけのことはあります。
野村: まぁ間違いなく彼は「プロ野球変人会」の筆頭ですよ(笑)。普通の監督と同じことをやりたがらないんだから。

二宮: そういえば監督に就任したその年の春季キャンプ1日目に紅白戦をやりました。どういう根拠があったのでしょう?
野村: 根拠なんて何もないでしょう。要するに人と同じことをやるのが嫌なんですよ。「オレはそのへんの監督とは違うんだ」という部分を見せたかったんでしょう。聞くところによると、落合は「野球の話ができるのはノムさんだけだ」と言っているそうですね。

二宮: そう聞いています。
野村: 僕がナゴヤドームに行くと、中日のマネジャーが「スミマセン。ウチの監督が呼んでいます」と言うんだ。まぁ、野球の話が好きな男だね。こと野球に対する頭の良さでは今の球界ではナンバーワンでしょう。それに彼は不思議な運を持っているね。だいたい三冠王を3回も獲るなんて、実力もさることながら、運がなきゃできませんよ。強い星の下に生まれてきているんでしょうね。

二宮: 今季、総合力では外国人を大量補強し、大物ルーキーを獲得した巨人のほうが中日より上という見方が一般的です。
野村: 去年1年間、評論家をやり、巨人の野球を観る機会が比較的多かったんです。ネット裏からユニホームを脱いで野球をみていると本当にベンチの考えていることがよく分かる。「オレ、ユニホーム来ていた時にこんなに分かっていたかな」と思うくらい。やっぱり、勝ちたいという欲が盲目にしちゃうんだね。結論から言えば「ベンチワークがうまいなぁ、あぁ、よく見ているな」と思うような場面は皆無でした。でも巨人の場合はそれでいいんじゃないですか。あのチームは僕が得意とするような奇襲や奇策は必要としていない。正攻法で十分、優勝できる戦力をフロントが整えているわけですから、あとはドシッと構えて横綱相撲を取っていればいい。下手に動かないほうがいいんでしょうね。

二宮: 戦力的には阪神も負けてはいない。気になるのは左ヒザの手術を受けた城島健司です。開幕に間に合うのかどうか……。この城島のリードに対して、野村さんは批判的な見方をしていますね。
野村: あれは09年のWBCの時ですよ。1次ラウンドの韓国戦で岩隈にインコースのボールを続けて投げさせた。バッターは今、千葉ロッテにいる金泰均。いくら金泰均がインコースが苦手とはいっても2球も続ければ、そりゃ打ちますよ。1、2、3のタイミングでレフト前を狙われてタイムリーを浴び、これが決勝打となって負けてしまった。確かに配球に決まりはないんです。だから結果論でモノは言いたくない。しかし、長年の経験から僕はあのリードに関してだけは納得がいかなかった。
 そこでメディアで批判したら「野村監督は生涯で1点も取られたことがなかったんでしょうね」とムキになって反論してきた。残念ながら、ああいう性格ではこれ以上、進歩するのは難しいでしょうね。

二宮: 野村さんも若い時は鶴岡一人監督(故人)から配球をボロクソに言われたそうですね。
野村: たとえばピッチャーがホームランを打たれたとする。ベンチに帰ってくるなり、僕に向かって「何を投げさせたんや?」「真っすぐです」「このバカタレが!」とこうですよ。で、次はカーブを打たれる。「何を投げさせたんや?」「カーブです」「このバカタレが!」(苦笑)。真っすぐのサインを出しても、カーブのサインを出しても打たれれば怒られる。でも僕らの時代は先輩に反論なんてできなかった。西鉄の中西太あたりに杉浦がポカーンと打たれて負ける。すると部屋に帰ってきて、杉浦とユニホームも着替えずに「あそこはシュートじゃなくカーブやったかな」と反省したものです。杉浦は「あれで間違いなかった」と言って僕を慰めてくれました。こういう謙虚さを僕は城島に求めているんです。いつか彼も僕の言っていることが分かるようになりますよ。

二宮: 昨年、セ・リーグで指揮官として最高勝率を残したのは東京ヤクルトの小川淳司監督代行でした。代行就任後の勝率6割2分1厘。落合監督の5割6分よりも上でした。小川監督は野村さんについて「すべてにおいて勉強になった」と語っています。
野村: そう言ってもらうのはうれしいんだけど、あまり印象に残っていないんですよ。どんな声しているのかさえ知らない(苦笑)。監督は選手に対する説得力が問われる仕事です。黙っているわけにはいかない。そういう面で大丈夫かなって心配がある。まぁ、今はちゃんとしゃべれなくても監督はできるのかな。

二宮: ユマキャンプでのミーティングで「バッティングとは何だ?」と聞かれ、「ボールをよく見ることでしょうか」と答えたら、「違う。バッティングは最大の攻撃手段だ」と野村さんに一喝されたそうです。
野村: そんなこと言ったかな。怖いよね、言葉は。言ったほうはすっかり忘れているんだから(苦笑)。

二宮: 昔、プロ野球は「人気のセ、実力のパ」と言われました。最近は「人気も実力もパ」という見方が増えてきています。パ・リーグは北海道から九州まで分布も広いし、ファンサービスにも熱心です。現役時代、パ・リーグ一筋だった野村さんにすれば、隔世の感があるのでは?
野村: 僕にとってはうれしい傾向ですよ。南海時代、大阪にいても阪神人気にはかなわないから「本拠地を徳島か松山に移しましょう。四国は野球好きな人が多いですから」とオーナーにお願いしたことがあります。全く聞く耳を持ってもらえませんでしたけどね。
 仙台に行ってよく分かったんですが、なるほどスポーツは地域密着じゃなければ発展しませんね。あの技術的に未熟な高校野球が、なぜ人気を集めるのか。それは郷土を代表しているからでしょう。今後、プロ野球が発展するためには、もっと「オラがまちのチーム」という色を強める必要があるでしょうね。

(おわり)

>>野村克也「オレなら斎藤佑樹を2ケタ勝たせられる」はこちら

<この原稿は2011年1月29日号『週刊現代』に掲載された内容を再構成したものです>