広島などで20年間にわたってマスクを被った西山秀二の解説の評判がいい。キャッチャー出身ということで読みが深く、ベンチの意図を察知する能力にも長けているからだ。広島時代にはベストナイン、ゴールデングラブ賞にそれぞれ2度(いずれも94年、96年)輝いた。引退後は巨人の2軍バッテリーコーチに就任し、08年からの3年間は1軍のバッテリー部門を担当した。講談社『本』では、その西山に二宮清純がインタビュー。“マスク越しの視点”の一部を紹介する。
二宮: 広島カープ史上、3割を打ったキャッチャーは西山さんだけです。96年には打率3割1分4厘でセ・リーグの打撃ベスト10の8位になりました。しかし通算打率は2割4分2厘。なぜ、このシーズンだけ、これだけのハイアベレージを記録できたのでしょう。
西山: 僕はこの2年前の94年、126試合に出場し、打率2割8分4厘で初めてセ・リーグのベストナイン、ゴールデングラブ賞に選ばれました。しかし世間の評価は辛かった。ちょうど、この年、ヤクルトの古田敦也さんが指を骨折し、不本意な成績に終わったものだから、周囲からは「古田がケガしたからおまえがタイトルを獲れたんだ」と言われました。
 そりゃ、正直言って悔しかったですよ。意地といってもいいでしょうね。加えて翌95年、出場数も減り、打率も2割1分1厘しか打てなかったものだから、“ここで頑張らな認めてもらえん”という気持ちは強くありました。

二宮: 打率3割1分4厘という好打率を残したことで周囲の見方はかわりましたか?
西山: 一番かわったのは、ベンチが何も言わなくなったことですね。これまでは負けると、全てキャッチャーの責任にされていた。どんなにきっちりピッチャーをリードしたところで、ピッチャーがコントロールミスをしてホームランを打たれれば「何であんなところに放らせるんだ」とキャッチャーが叱られるんです。僕らは「すいませんでした」と言うしかない。
 ところが、3割打つと、誰もそんなこと言わなくなる。今度は、こっちがミスしても「ピッチャーが悪いから負けたんだ」となる。要するに3割打っているキャッチャーは誰も叱れないんです。

二宮: 巨人の阿部慎之助や阪神の城島健司がそうですね。
西山: でしょう。巨人の阿部は昔から「リードが悪い」と言われていますが、あれだけ打てば誰も外せませんよ。それは阪神の城島にも同じことが言える。彼はキャッチングに難がありますが、それを補って余りある打力があるから、誰も文句を言えないんです。
 僕が3割を打って良かったなと思ったのは、ベンチを気にすることなく野球がやれるようになったことです。レギュラーの座が保証されていると、目先のことにこだわらずに大胆なリードができるようになる。外される心配がないから自由にやれるんです。ところが、打てないキャッチャーは「失敗したら外される」という不安があるから思い切ったリードができない。相手と戦う前にベンチと戦っている。
 僕は初めて3割打ってから「ええキャッチャーや」と言われるようになりました。外される不安がないから、そりゃ好きなようにやれますわ。それでバッターを打ち取ると大きな自信になる。続けて試合に出ないと、キャッチャーは成長しませんから。

二宮: 3割を打ってレギュラーの座を確保すれば、難クセもつけられなくなるわけですね。
西山: そうです。上も急に大人しくなりますよ。“ウソやろ”というようなリードでも何も言われなくなりますね。だからキャッチャーには「打てるようになれ!」と言いたい。タイトルを獲ってメインを張るようになれば、もう、こっちのモノですよ。ベンチを怖がっている間は一流にはなれませんね。

<現在発売中の講談社『本』7月号ではさらに詳しいインタビューが載っています。西山さんとの対談は8月号、9月号(各月25日発売)でも引き続き掲載予定です>