マンチェスターUで指揮を執っていたアレックス・ファーガソンが、テレビのインタビューで「監督にとって重要な資質は何か」と聞かれ「人心掌握の能力だ」と答えているのを見たことがある。実に四半世紀以上も世界のトップクラスに君臨し、「サー」の称号を受けるまでになったスコットランド人監督が重視していたのは、戦術でも采配でもなかった。

 

 では、人心を掌握していくためには何が必要なのか。

 

 言葉が大きな重みを持つのはいうまでもない。選手のやる気を引き出し、闘争心をかきたてる魔法の言葉は、どんな監督であっても一つや二つは用意してあるものだ。

 

 ただ、難しいのは、たとえ一度は効果があった言葉であっても、状況が違えば単なる空振りに終わることも少なくない、ということである。同じ監督が、同じ選手に伝えた場合であっても、効果がまったく違う場合もある。

 

 モウリーニョが苦境に追い込まれている。今週のスポニチでも詳しく報じられていたが、下手をすると今月中の更迭もありうるとされるところまで、追い詰められている。自らを「スペシャル・ワン」と位置づける言葉のセンスを持ち、昨シーズン、チェルシーを優勝に導いた男が、である。

 

 モウリーニョの人格なり性格が激変したわけではない。チームを構成するメンバーが入れ替わったわけでもない。にもかかわらず、チェルシーは突如として競争力を失い、連覇どころか降格がちらつく順位にまで落ち込んでしまった。

 

 しかも、チーム内でモウリーニョに反感を抱いていると噂されるのは、かつてその蜜月関係ぶりが大きく取り上げられることもあった選手である。

 

 一寸先は闇、というしかない。

 

 昨季のブンデスリーガでは、ドルトムントを率いていたクロップ監督が似たような、いや、もっとひどい立場に追い込まれていた。

 

 けれども、冬の中断期間を挟んでチームはV字回復を果たし、最終的には欧州リーグ出場権を獲得するところまで順位を押しあげた。フロントの我慢が、実を結んだケースである。

 一方、今季のブンデスリーガでは、泥沼にあった名門を見事に立て直し、チーム史に残る名将の座を手中にしつつあったボルシアMGのファブレ監督が、開幕5連敗で途中解任された。

 

 ファン、フロントから絶大なる信頼を受けていたスイス人監督のあとを継いだのは、下部組織の監督をしていた無名の若者。フロントとしては、あくまでも次の適任者が決まるまでの代行を任せただけだったのだが、なんと、チームは6連勝を達成してしまう。

 

 人心掌握とはなんなのか。それはいかにして生まれ、いかにして壊れていくものなのか。考えれば考えるほど、27年間もの間指揮を執り続けた、ファーガソンの偉大さを痛感させられる。

 

<この原稿は15年11月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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