第69回 猛虎復活の道を先頭に立って拓く(金本知憲)
プロ野球(NPB)の監督になるのは、大臣になることよりも難しいと言われる。
第3次安倍改造内閣の官僚の数は総理を含め20。
これに対してNPBの監督のイスは12しかない。確かに、“狭き門”だ。
リーグ優勝5回、日本一3回の名将・野村克也は、講演で「男で生まれてなってみたいものは、オーケストラの指揮者と連合艦隊の司令長官、それとプロ野球の監督である」と語り、「僕は監督になれたから幸せです」と続けたという。
その野村が、「阪神を変えた男」と高く評価しているのが、阪神の第33代監督に就任した金本知憲である。
「金本の野球に取り組む態度を見れば、まわりの選手も自然と“このままではいけない”と感じるようになる。また若手がまちがった行動をとると注意をしたり叱ったりもする。監督が直接叱るより先輩が叱ったほうが叱られた若手のショックは少ない。阪神の2000年前半の躍進には、この金本の存在が非常に大きく貢献している」(『巨人軍論』角川書店)
確かに阪神の03年と05年のリーグ優勝は金本の活躍を抜きにしてはありえなかった。チームメイトからは「アニキ」と慕われた。
球団創設80年の今年、9月11日時点では首位にいながら、終わってみれば3位。広島が最終戦で敗れなければ、CS進出も断たれていた。
これで10年連続のV逸。再建人として球団が白羽の矢を立てたのが、監督経験のない金本だった。
「1回、壊してでもいいから建て直して欲しい」
球団の危機感が金本を動かした。
「最初は不安と希望が入り混じっていたが、今は“やってやろう”という気持ちの方が強い」
就任記者会見の席で、金本はそう抱負を述べた。
世界記録となる1492試合連続フルイニング出場記録を持つ金本だが、それ以上に光っているのが1002打席連続無併殺記録だ。ランナーを置いてゴロを打てば、普通はがっくりきて全力疾走を怠りがちだが、彼は鬼のような形相で一塁に駆け込んだ。これこそは“究極のチームプレー”だった。
停滞した社会や組織を変える者として、よく「若者、バカ者、よそ者」と言われる。FA権を行使して広島から阪神にやってきた金本は、よそ者の代表格だ。
また47歳という「若さ」も球団にとっては魅力だろう。当然のことながら球団は新監督に熱血指導を期待する。叩き上げの男にすれば、バカ者と呼ばれるくらい練習やトレーニングに没頭しなければ、一人前にはなれないとの思いがあるはずだ。
契約は3年だが、ファンは優勝まで3年も待ってはくれない。
新監督は誰よりもそのことを知っている。
だから、こう語ったのだ。
「勝ちながら(チームを)再建するのは難しい。時間はかかるが、時間に甘えないようにやっていきたい」
猛虎復活への道のりは容易ではない。それはさながら獣道である。11年ぶりのVに向け、アニキは陣頭に立って走りだそうとしている。
<この原稿は『サンデー毎日』2015年11月15日号に掲載されたものです>