東京ドームができた年、わたしは水道橋にある出版社に勤務する社会人1年生だった。どこか薄汚れた印象のあった街が、新しいスタジアムの誕生を機に、一気に生まれ変わったような印象を受けたことを覚えている。

 

 初めて足を踏み入れることができたのは、そのシーズンの終盤戦だっただろうか。入場の際、外と中の気圧差から生じる耳の違和感が、意味もなく嬉しかった。それは、東京ドームに足を踏み入れる者にしか味わえない体験だった。

 

 あの年は、確か「東京ドーム効果」という言葉もよく使われた。そうでなくても人気の巨人戦は、一度は東京ドームで試合を見てみたいという人たちの熱意も加わって、掛け値なしのプラチナ・チケットになっていた。雨天中止の心配がなくなったことで、地方からも試合を見に行きやすくなった、という点も大きかったのだろう。

 

 だからなのか、その後、日本にはあちこちにドーム球場が建設された。名古屋、大阪、札幌、福岡……まるでドーム球場を持つことが、大都市にとってステータスであるかのように。見方を変えれば、それぐらい東京ドームの衝撃は大きかったということになる。

 

 いま、わたしがサッカー界に期待しているのは、その時の再現である。

 

 ご存じの通り、来年のガンバ大阪は待望の新スタジアム、待望のサッカー専用競技場をホームにすることとなる。わたしの知る限り、日本は世界でも極めて珍しい、首都にサッカー(フットボール)専用競技場を持たない国の一つだが、少なくとも第二の都市には、世界水準のスタジアムが生れるわけである。

 

 東京ドームができた当時といまとでは、もちろん景気の様子も違う。ただ、成功例があれば我も我もと飛びつく国民性までもが変わってしまったわけではないはず。ガンバの新スタジアムが素晴らしい求心力を発揮するようになれば、「ならばウチでも」と考える自治体とチームはいまよりもはるかに多くなることが予想される。

 

 何より大きいのは、ガンバの新スタジアムが、税金や一つの企業に頼って造られたわけではない、という事実である。ガンバ方式とでも言うべきこのスタイルは、財政難に悩む、しかし地域のシンボルがほしいと考える自治体にとっては、大いなる福音となろう。

 

 ただし、そのためにはガンバが頑張らなければ。

 

 失礼を承知で言わせていただくならば、東京ドームを本拠地とするのが当時の日本ハムだけだったとしたら、果たしてあれだけの衝撃があったかどうか。常に満員になる巨人戦があったからこそ、ドームは日本中に波及したのだ。

 

 今年の日本サッカーの主役はどこか。答えはまだ出ていない。だが、来季は間違いなくガンバである。ガンバがどうなるかで、日本サッカーの方向性も、大きく変わる。

 

<この原稿は15年12月3日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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