野球の日本代表に「ジャパン・ウェイ」はあるか
「今のは、ちょっとないですよねえ」
テレビ中継の解説者だった佐々木主浩さんが思わずつぶやいた。
11月19日。日本代表が悪夢の大逆転負けを喫したプレミア12準決勝、日韓戦でのことだ。この試合、日本は先発・大谷翔平が韓国打線を完膚なきまでに牛耳り、3-0とリードして9回表、韓国の最後の攻撃を迎えた。8回からリリーフに立った則本昂大もほぼ完璧な投球で、誰の目にも逃げ切りは決定的と思われた。
ところが、ご承知の通り、9回表に則本がつかまる。8番から始まる攻撃で韓国は代打策に出て、8、9番が連打。無死一、二塁で1番に戻って、鄭根宇は3塁線にタイムリー2塁打。3-1。なお無死二、三塁で2番の左打者・李容圭を迎える。則本は1-2と追い込んだあとの4球目、インハイのストレートが死球となって、なんと無死満塁の大ピンチになってしまった。
冒頭の佐々木さんの言葉は、このとき出たものである。則本のストレートは左打者のインハイぎりぎりいっぱいのストライクに見えた。打者はいったんスイングに行ってから、このボールをよけており、当たっていないようにも見える。主審の死球の判定は、たしかに微妙だった。
この死球の代償はあまりにも大きかった。ここぞと盛り上がる韓国ベンチ。日本は急遽、松井裕樹をリリーフに送る。
正直言って、投げる前から押し出しだろうな、と思いました。3番金賢洙が左の好打者だから左腕・松井を起用したのだろうけれど、プレミア12での松井の状態から考えて、荷が重いのは目に見えていた。
案の定、押し出し四球。さらにリリーフに立った増井浩俊も打たれていっきょ4点を奪われ、大逆転負けを喫したのでした。
「継投ミス」とは言い切れない
試合後、小久保裕紀監督は、自分の継投ミスだと、自ら敗戦の責任を負う発言をした。たしかに、責任は監督にあるのかもしれない。しかし、それは「継投ミス」というたぐいのものだろうか。
まず、よく言われるのが、あれだけ好投していた大谷をなぜ7回で降板させたのか、ということ。たしかに、球数はまだ85球だった。でも、大谷の投手生命にとって、この試合がすべてではない。彼には来季以降の未来がある。プレミア12がシーズン終了後の試合であることを考えれば、7回85球での降板は妥当な判断だと思う(この試合さえ勝てば彼の投手人生すべてが終わるのであれば、9回まで行けばいいけれども)。
では、3点差で勝ちきれるリリーフ投手は誰か。各チームのクローザーが集まった日本代表だが、実はここまで、それぞれに不安定だった。その中では、第二先発(中継ぎ)を任された則本の安定感はきわだっていた。
だから、8回から則本という選択も妥当だと思う。そして9回、常識ならばクローザーの誰かを起用すべきだろう。だが、彼らの準々決勝までの出来と則本の8回の状態を見れば、続投もまた、まちがった判断ではない。
つまり、則本続投までの継投にミスがあったとは思わない。あのよもやの死球の判定で、則本にツキがなかったのだ。むしろ、あの大逆転劇は、継投とは別の問題を示唆しているといいたい。
大逆転劇を招いた理由
今回もまた、宮本慎也さんの評論を参照しながら論を進める。宮本さんはこう書いた。
<逆転された9回表の守りは、疑問だらけだった。まず直球にタイミングが合っていなかった先頭打者と次打者にチェンジアップを打たれ、ピンチを招いた>(日刊スポーツ11月20日付、以下同)
このことは、実はテレビ中継でも解説者の衣笠祥雄さんが指摘していた。1番鄭根宇のタイムリー2塁打が出たときのこと。「みんな同じ球種を打たれている」と、嶋基宏捕手のリードに疑問を呈している。
たしかにこの回、則本のチェンジアップは落ちが悪いように見えた。
ただし、大逆転の決定的な要因となった李容圭の死球の打席では、4球ともすべてストレートである。1-2と追い込んだあとの4球目は、嶋はまず、外角低目に落ちるボールを要求する構えを見せて陽動し、則本が投球動作に入ってからインハイに構え直している。
もちろん何を言っても、すべては結果論なのだが、ストレートを4球続ける必要はあったのだろうか。チェンジアップを打たれたからストレート、という発想にも見える。ちなみに、押し出しになってしまった松井の5球は、5球ともすべて外角のストレートである(最近の松井は、ストレートとチェンジアップが中心のようだが、やはり、あの地に突き刺さるようなスライダーも見たいですよね)。
宮本さんの評論は、もっと鋭い。
死球の前、無死一、二塁でタイムリーを打たれた場面。
<無死一、二塁で長打警戒の状況になるも、三塁線を締めず二塁打を打たれている>
さらに続けて、
<変化球を連打された配球は弱気というより、簡単に勝負しようとした「隙」。さらに長打警戒のシフトをとらなかったのは、ここまでの試合では、セオリーをおろそかにしても勝ってきた流れが生んだ「隙」だといえる>
つまり、考えるべきは、則本を9回に続投させたこと、無死満塁で松井を起用したこと、更に増井も打たれたこと、という継投の間の悪さではない。問題はもう少し、本質的なのではないか、ということだ。
継投についてあえて言うならば、昨今は、中継ぎ、抑えの投手は1イニングずつ、という原則が常識になりつつある。則本の9回を無理矢理解説するならば、投手の身体にも、すでにこの考え方が浸透しているのかもしれない。実際、中継ぎ投手が2イニング目に入って別人のように打ち込まれるケースは、ペナントレースでも、まま見かける。
もうひとつ、もし継投ミスと言えるとすれば、明らかに不調だった増井を代えなかったことだろう。最後は、センター秋山翔吾の大ファインプレーに救われたけれども、もっと大量失点する可能性が高かったことは、たしかだ。
見えなかった2年後のビジョン
野球の日本代表チームという活動を考えるとき、まっさきに念頭におくべきは、次回2017年WBCでの優勝である。現在の代表選手は、2年後に勝つために招集されているはずだ。つまりあと2年での伸びしろ、あるいは衰えも考慮して選ばれていなければならない。
それにしては、不安材料が目につきませんか。
たとえば、4番は誰なのか。今回は中村剛也だった。彼は不振にあえぎ、故障もあって結果を残せなかった。これまで小久保ジャパンの4番だった中田翔は、6番に入って大活躍をした。では4番は中田なのか。彼はこれまでその重圧を苦手としてきたから、今回、6番(ないし5番)で成功したのではないか。
では、筒香嘉智ですか? うーん。はっきりしない。
次に正捕手は誰なのか。これまでは、嶋だった。2年後も嶋ですか? あるいは、今回のメンバーでは中村悠平ですか? どちらも、ちがうんじゃないかなぁ。
三つ目に、クローザーは誰なのか。現在、日本球界には、かつての佐々木や岩瀬仁紀のような、絶対的なクローザーはいない。今回、その不安はモロに露呈した。だけど、あと2年で育てなければならない。小久保監督以下、日本代表の首脳陣にそのビジョンはあるのだろうか。プレミア12では、その片鱗はうかがえなかったと言わざるを得ない(少なくとも、松井は本質的に先発投手だと思う。もし仮に、将来の日本代表クローザーを構想して、彼に国際大会の修羅場を経験させるためにあの無死満塁で起用したのだとしたら、あまり意味がないと私は思います)。
どうやら日本代表プロジェクトは、かのラグビー日本代表のようには、進捗していないようなのだ。
個人にではなくチームにスポットライトを
先日、今年の新語・流行語大賞に「トリプルスリー」が選ばれた、というニュースがあった。山田哲人、柳田悠岐の二人が達成し、たしかに話題になりました。一方で、もっと話題になったと思われる、例の「五郎丸ポーズ」は選ばれなかった。
五郎丸歩は、
<チームの活躍ではなく(五郎丸ポーズなど)個人にスポットライトが当たることについて「違和感がある。“ジャパンウェー”という言葉が入ってほしい」とコメントして>(スポーツニッポン12月2日付)いるそうだ。
これは、正論だ。ラグビー日本代表が掲げてみせた「ジャパン・ウェイ」こそ、今年の流行語大賞にふさわしい。
なぜなら、この言葉にはたんにラグビーだけにとどまらない普遍性があるからだ。
たとえば野球の日本代表も、世界で勝つためには、自分たちの「ジャパン・ウェイ」を掲げるべきである。
メジャーリーグや、キューバや韓国に勝つための「ジャパン・ウェイ」とは何か。
とりあえず単純化して答えれば、よく言われる「細かい野球」ということになるのだろう。
象徴的な一例をあげれば、韓国戦の9回表、無死一、二塁になったときに、宮本さんが指摘されるように、長打を警戒して三塁線を締める。そういう野球である。誰もが160キロの速球を投げて、誰もがホームランをポカスカ打つ野球ではないのだから。
ラグビー日本代表スクラムハーフ田中史朗は、宮本さんに負けず劣らず、鋭い舌鋒で知られる。彼はこんなことを言っていた。
「日本のラグビーは、本当に高校、大学、社会人と全部ちがうラグビーをしているんですよね。いまもし、“ジャパン・ウェイ”という言葉があるので、エディー(・ジョーンズ前ヘッドコーチ)のラグビーをやろうというのであれば、そのラグビーを基本的に全チームにこういうラグビーですよと教えた中で(各チームの)監督は、ウチはここを他よりちょっと強化して、ということになれば、もっと日本のチームがまとまると思う」(「J sportsドキュメンタリー ~The REAL~ ラグビーワールドカップ2015 日本代表の軌跡」より)
この言葉が、そのまま野球にもあてはまる、とは言わない。ただ、それこそリトル・リーグから、高校野球、大学、社会人まで含めて、野球の「ジャパン・ウェイ」はこうだ、という共通認識はあったほうがいい。それは、おのずから、世界で勝つための理念になるはずだ。
そして、それを最も鮮明に示す役割を担うのが、日本代表である。
今回、たしかに日本代表は、現時点で最強に近い布陣で臨んだ。残念なのは、優勝できなかったことではない。そこから、「ジャパン・ウェイ」を見て取ることができなかったことだ。
上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。