「巨人はロッテより弱い」
 この発言で一躍、全国に名前が知れ渡った男がいる。元近鉄の加藤哲郎だ。1989年の日本シリーズ第3戦、先発で好投し、近鉄3連勝の立役者となった加藤は試合後、そう口にしたとされている。これが巨人ナインに怒りの火を灯したのか、その後、近鉄は4連敗。チーム初の日本一をあと一歩のところで逃した。V逸の“A級戦犯”と非難された加藤だが、果たして、あの発言は事実だったのか。今回、二宮清純が『文藝春秋』誌上で検証を試みた。その一部を紹介したい。
(写真:引退後は解説者を経て焼肉店の店長も務めたが、それも今は辞めたという)
二宮: 私はあの日本シリーズを現地で取材していましたが、加藤さんが「巨人はロッテより弱い」と話していたのは記憶にない。発言は事実ですか。
加藤: 言っていないです。ひとつ覚えているのは、当時、報知新聞の近鉄担当だった方に、「ところで哲ちゃん、実際のところどうなん? (巨人は)ロッテより弱いんちゃうの?」って感じのことは聞かれました。それに対して僕は「ジャイアンツはピッチャーで勝ったチームや。桑田(真澄)、斎藤(雅樹)、槇原(寛己)、水野(雄仁)……。あれだけ、ええピッチャーおったら優勝するで。でも打線はアカンなぁ」みたいな話をした。いわゆる誘導尋問ですわ。

二宮: つまり巨人の「打線が弱い」という話が、いつの間にかにチーム全体の話にすり替わったと?
加藤: 「ピッチャーはええよ」って話はどこにも出ていない(笑)。たぶん、僕以外の選手もそれに近いことは言っていると思うんですよ。もしかしたら他のピッチャーが「ロッテより弱い」と言ったのが、僕の発言になったのかもしれない。
 そもそも勝負事で3回続けて負けた相手のことを聞かれて「強いです」とは言わんでしょう? 「どうですか?」って言われたら「弱いんちゃう」となるのが普通。もし、僕が4連敗した後で同じ質問をされたら、「ジャイアンツ、強いわ」って答えたでしょうね。

二宮: この時点で近鉄は3連勝。チーム内も「勝った」という雰囲気になっていたでしょう?
加藤: もう負けることなんて夢にも思っていませんでした。「これで終わりや。このまま4連勝したら、オレも最優秀はムリでも優秀賞ぐらいはもらえるかもわからん」と思うてましたよ(笑)。ロッカーでは僕より、もっとひどいこと言うてた人もいましたね。もう野球のことなんて考えてなかった。「東京で優勝したら朝まで宴会や。絶対、東京で決めるで」って、みんな言っていましたもん。

二宮: ところが翌朝、新聞を見ると、「今の巨人ならロッテの方が強い」(読売新聞)といったコメントが載っていた……。
加藤: コメントよりも、その反響の大きさにちょっとビックリしましたね。テレビのスポーツニュースも「アイツは何を言うとんねん」という雰囲気だし、新聞記者も「えらいことなってるで」って騒いでいる。グラウンド全体が殺気立っているんですよ。何だか指名手配犯を見るような視線を感じました。たぶん、これが藤井寺での発言やったら、どうってことなかったんでしょう。東京はメディアも多いし、やっぱジャイアンツびいきやから必要以上に煽られた感じがしますね。

二宮: そこから巨人は3連勝。逆王手をかけられて第7戦の先発が回ってきます。
加藤: 藤井寺はホームやったのに、レフトスタンドの一角にいるジャイアンツファンに完全に飲まれていました。周りには強がって「オレ、今日勝ったらMVPや」とは言ってましたけど、内心は「ヤバイな。1点でも先にやったら、この試合は負けや」って感覚でした。だから、2回に駒田(徳広)さんに先制ホームランを打たれた瞬間に「やってもうた」と思いましたね。

二宮: 残念ながら3連勝4連敗で近鉄は日本一になれなかったのですが、加藤さんは、あの発言である意味全国区になりました。
加藤: だから、発言は事実やないけど、全然、悪いこととは思ってないんです。逆にプラスばっかりですよ。プロではわずか17勝しかしていないのに、知名度ではめっちゃ得してる。

二宮: 日本シリーズ後に、巨人の選手と何か話は?
加藤: 第7戦が終わった当日に会いましたよ。僕と同い年のピッチャーに高柳(出己)がいたんですが、彼と巨人の勝呂(博憲)さんが社会人時代に日本通運で一緒だった。それで高柳の家で勝呂さんたちが飲んでたんですよ。
 僕の家もすぐ近くだったので、電話かかってきました。「哲、何してんねん。今なぁ、勝呂さん来てんねん。飲まへんか?」って。「おう、行こうか」となって一緒にワーッと飲みました。勝呂さんたちに「スンマセン。お騒がせして……」と謝ったら、「お疲れさん。大変やったな」と言われましたよ。途中で吉村(禎章)さんにも電話したら、「いやぁ、全然気にしてないよ。カリカリきとったのは川相(昌弘)と駒田さんぐらいかな」って(笑)。だから、当事者はあまり気にしてなかったみたいなんですよ。どちらかと言えば、マスコミが騒いだことでシリーズの雰囲気を変えた部分が大きかったんやないでしょうか。

<現在発売中の『文藝春秋』2011年11月号では「プロ野球伝説の検証」と題し、加藤さんの発言の真相に加え、当時の両チームの選手を取材し、シリーズの分水嶺となったものを解き明かしています。こちらも併せてご覧ください>