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(写真:12月に結婚し、「より一層負けられなくなった」と井上)

 29日、ボクシングのダブル世界タイトルマッチが東京・有明コロシアムで行われた。WBO世界スーパーフライ級は王者の井上尚弥(大橋)が同級1位のワルリト・パレナス(フィリピン)を2ラウンド1分20秒TKOで破った。1年ぶりの復帰戦で初防衛を果たした。井上の通算戦績は9戦9勝(8KO)。IBF世界ライトフライ級は同級8位の八重樫東(大橋)が王者のハビエル・メンドサ(メキシコ)に3-0の判定勝ち。八重樫は日本人3人目の3階級制覇を達成し、通算成績を28戦23勝(12KO)5敗とした。

 

 帰って来た“怪物”

 

「1年間、ウズウズしていた」。井上は1年ぶりのリングで挑戦者を圧倒した。

 

 立ち上がりはトレーナーの父・真吾が「丁寧に戦ってくれた」と語ったように、感触を確かめるかのごとく戦った。パレナスの反撃も受けたが、それでもスピードで相手を凌駕していた。ゴングが鳴ると、不敵に笑って赤コーナーのセコンドの元へ戻った。

 

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(写真:軽量級とは思えないパワーで挑戦者を圧倒した)

 3分間が試運転だったかのように2ラウンドに入ると、エンジンがかかる。40秒、左のショートフック、右のフックの連打をガードの上からでも効かせる。再び左、右の連打からダウンを奪い、相手の戦意を刈り取っていく。

 

「このラウンドで仕留めよう」。ロープ際に追い込み、左ジャブを当ててグラつかせる。すぐさまガードの上からの右ストレート、左の連打でキャンバスに沈めた。ヒザから落ちたパレナスは試合を続行する気力もない。レフェリーが試合を止めると、井上は無邪気にリングを駆け回って喜んだ。

 

 1年前、百戦錬磨のオマール・ナルバエス(アルゼンチン)から衝撃的なKO勝ちでベルトを奪った。しかし、その代償として右拳を痛め、リングから遠ざかった。その間に左を磨き、本人も「ジャブでダウンをとれるくらい」と口にするまでに鍛え上げたことで、“怪物”は更なる進化を遂げた。

 

「不安もあった」という井上だったが、ブランクを感じさせぬ完勝。スピード、パワーで相手を寄せ付けなかった。所属ジムの大橋秀行会長は「一発のある相手。尚弥よりも緊張していた。長いラウンドで勝つかなと思っていた。やっぱりモンスター」と舌を巻いた。

 

 今後について、井上は「しばらくはスーパーフライ級。どんな挑戦も受けたい。ファンが望む試合をしていきたいと思います」と語った。前王者ナルバエスとの再戦、王座統一戦、海外でのビッグマッチ……。「皆さんを熱くさせる試合をどんどんしていきたい」。帰って来た“怪物”のこれからに目が離せない。

 

 家族に見せた「強いお父ちゃん」

 

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(写真:試合前のコメント通り「気持ちのぶつかり合い」となった)

 ダウンこそなかったが、“激闘王”八重樫は打ち合いを制し、IBFの赤いベルトを手に入れた。

 

「どのみち乱打戦になる」と八重樫は1ラウンド、低い姿勢から距離を詰めていった。1分50秒にはワンツーを決め、場内を沸かせた。2ラウンドは終了間際に連打を浴びせるなど、序盤は挑戦者・八重樫のペースだった。自らの距離間に持ち込んで、相手のブローは空を斬らせた。

 

 しかし、4ラウンドになると八重樫がパンチをもらう場面が目立ち始める。“コブラ”の異名を持つメンドサ。5ラウンドで左まぶたをカットすると、6ラウンドには距離を詰めてきた。長いリーチからまとわりつくようなブローが八重樫を襲う。

 

 セコンドの松本好二トレーナーが「苦しかった」と振り返った7、8ラウンド。八重樫も焦って相手を倒そうと若干、攻撃が大振りになる。メンドサが反撃を仕掛けてくる。左目は腫れ上がり、視界も狭まっていた。「ダメかな」と弱気になりかけたが、「ここで諦めなければチャンスはくる」と粘った。

 

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(大橋会長<左>、松本トレーナー<右下>と勝利を喜ぶ八重樫)

 読み通りの乱打戦。終盤に息を吹き返した八重樫は足を使って、リングを動き回る。最終ラウンドはダウン寸前まで追い込んだが、メンドサが王者の意地で踏ん張った。八重樫はゴングと同時に両手を挙げた。1人のジャッジが八重樫にフルマークをつける3-0(117-111、119-109、120-107)で判定勝ち。赤いベルトを腰に巻くことに成功した。

 

 昨年は世界戦で連敗。12月のペドロ・ゲバラ(メキシコ)戦のKO負けで一時は引退も考えたという。周囲の後押し、現役続行を決断した。「世界のリングに戻ってくることができました」と喜んだ。

 

 亀田興毅、井岡一翔に続く日本人3人目の3階級制覇。本人は快挙達成にも「結果としてついてくるもの。おまけです」と言う。すぐに視線はその先へと向けられている。「強い選手と戦うことがプロボクサーにとって喜びであり、仕事」。“激闘王”らしいコメントで会場のファンを盛り上げた。

 

 最愛の家族が見守る中で、父としての“威厳”を示した。「まだまだ戦うお父ちゃん、強いお父ちゃんを頑張って見せていきます」と八重樫。これでWBCの木村悠(帝拳)、WBAの田口良一(ワタナベ)と4団体中3つを日本人がベルトを有すことになった。日本人対決での統一戦に加えて、スーパーフライ級に上げての4階級制覇の可能性も見えてきた。

 

(文・写真/杉浦泰介、取材・写真/大木雄貴)