20160201 2016年は五輪・パラリンピックイヤーだ。山本化学工業では昨年10月に国内の競泳用水着ブランド「マーリン」を買取。本格的に競泳用水着市場へ参入した。これにより、競泳用水着の素材開発から製造、販売までを一手に引き受けることとなった。第1弾として2016年の国際水泳連盟認定の最新モデル「マッハ」を、この1月から発売している。選手のパフォーマンスを最大限に引き出すウェアづくりを追求する山本化学工業の山本富造社長に、この先の戦略を二宮清純が訊いた。

 

 

注目のアジア市場

 

二宮: 新作モデルは昨年末に大阪高島屋でブースを出店し、先行予約を受け付けたそうですね。反響はどうでしたか。
山本: おかげさまで連日、問い合わせをいただいている状況です。高島屋さんでは引き続き、取り扱いが決まり、大阪店では試着ができます。関東でも東京・原宿の東京オフィスと、横浜・あざみ野のショールームで体験して購入いただけます。練習用の「ゼロポジション水着」は大手のスポーツジムでも取り扱っていただいていましたので、そちらにも順次、お願いして販売網を広げていく予定です。

 

二宮: 海外からの需要もあるのですか。
山本: 台湾とシンガポールのスポーツチェーンからも話をもらっています。アジアのスイマーは欧米人とは体型が異なりますから、そのメーカーの水着ではサイズが合わない。体型の近い日本製のモデルを求める傾向があるようです。

 

二宮: アジアの市場進出が今後、加速すると?
山本: おもしろい市場だととらえています。特に中国は北京五輪を挟んで、近年は競技力を上げてきている。その分、水着への関心も高まっています。他国は、まだまだこれからですから、未開の部分が大きいとみています。

 

二宮: 山本化学工業は泳ぎのフォームを矯正するゼロポジション水着で実績をあげていますから、競泳用モデルが受け入れられる素地があるのではないでしょうか。
山本: ゼロポジション水着で練習することで、泳ぎが変わる。この評価は業界で定着しつつあります。そのメーカーの競泳用モデルですから、ゼロポジション水着を使っていたスイマーには違和感がない。これは我々の強みです。

 

二宮: 実際にスイマーへのサポートを通じて変わりつつある選手はいますか。
山本: たとえば近畿大所属のパラスイマー、一ノ瀬メイ選手。「これまでたくさん着た水着で背中に水が入る感覚がないのは初めて」と驚いていました。水が背中に入りこむような不快感が全くないとか。これは新素材の両面を親水加工にしたことが大きいのでしょう。皮膚と接触する面を新たに親水にしたことで、他社製と比較すると抵抗が5分の1くらいに軽減されています。これが着用感の違いとなって表れているのではないでしょうか。

 

二宮: 特にパラアスリートはさまざまな障がいを持っているだけに、個々の事情にあったウェアを用意することが課題になってくるでしょうね。
山本: 一ノ瀬選手は右ヒジから先がないため、泳ぐ際に左右のバランスが崩れてしまう。それを体をねじってコントロールしていたんです。このため、骨盤の開きにも左右差が出ていました。通常、健常者の国体レベル以上のスイマーだと骨盤の開きは中心線から10度以内。骨盤の開きが小さいので真っすぐ前に力が伝わって速く泳げるんです。ところが、一ノ瀬選手は45~50度も骨盤が開いていた。

 

二宮: そのまま泳いでも、せっかくの力が分散され、推進力が生まれないと?
山本: はい。日本の競泳界では、まだ骨盤の角度に対する指導者の意識が低い。まず、これを修正してもらおうと、骨盤を正しい位置に戻す「ゼロポジションベルト」を着用してもらいました。その上で1日1回、練習前にプールサイドを足の親指を真っすぐ出して歩く。これを習慣づけたところ、10日ほどで25メートルのタイムが2秒ほど伸びたんです。骨盤の開きも20度くらいに狭まってきた。骨盤の角度がさらに矯正されれば、記録はもっと良くなるはず。彼女を指導する五輪メダリストの山本貴司監督がビックリしていましたよ。

 

選手の声を水着選びに

 

二宮: それだけ記録がアップすれば、他の選手も使ってみたいと思うでしょう?
山本: 近畿大とは提携をして興味のある選手にはゼロポジション水着や新作モデルを使ってもらっています。また日本体育大学も我々がバックアップして全面的に活用しています。この東西の強豪2校をメインに、2020年の東京五輪・パラリンピックで活躍する人材を支えていきたいと考えています。

 

二宮: 山本化学工業の製品を使ってメダルを獲得したとなれば、莫大なPR効果が見込まれますね。
山本: 北京五輪で高速水着が騒動になって以降、業界では、その性能について大きく取り上げられることをタブー視する向きがあります。各メーカーによって機能が違っていても良し悪しを表立っては言えない。そんな雰囲気があるんです。

 

二宮: しかし、実情は、どのメーカーを選ぶかでパフォーマンスに違いが出てくると?
山本: その通りです。水着ひとつで成績が上がる選手がいるかもしれない。選手の声を聞いていても、我々の製品と他社のものとは着用の実感が異なるのは明らか。つまり、本人たちが不満を持ったまま、決められたモデルを着ている可能性もあるんです。

 

二宮: せっかくの最先端水着が試されないまま、見過ごされているとしたら残念ですね。
山本: 最新モデルは海外でも注目されていますから、それを着用した外国勢が好タイムを残せば、自ずと要因が見えてくるのではないでしょうか。我々も日本の企業として東京五輪・パラリンピックで日本人が活躍する姿を見たい。もう少し水着の性能についてオープンに議論する機会があってもいいと感じます。そのために今後もスイマーの力を最大限に引き出せるアプローチを追求し続けるつもりです。

 

(つづく)

 

山本化学工業株式会社