あと8カ月と迫ったロンドン五輪。4年に1度の大舞台に向けて注目を集めそうなのが競泳男子平泳ぎの北島康介だ。前人未到の3大会連続2冠を狙う。だが、7月の世界水泳では200mで銀メダルを獲得したものの、100mで4位に沈み、同種目では10年ぶりにメダルを逃した。先日開催されたワールドカップ東京大会でも100mが3位、50mと200mは5位と結果は出なかった。まだ来年に向けて調子を上げる段階とはいえ、北島の現状はどうなのか。中学時代から彼を指導してきた競泳日本代表ヘッドコーチの平井伯昌に二宮清純が訊いた。
二宮: 世界水泳での北島選手は100mで4位とメダルを逃してしまいました。原因はどこにあったのでしょう?
平井: 康介自身、勝てるという自信を持てるまでの練習ができなかったんでしょう。康介はいつも、自分の能力を100%引き出して戦うんですが、今回は練習が思うようにできていなかった。7〜8割しか力が出ていなかったように思います。だから最後の部分でこれまでとの差が出ました。

二宮: 2年前から北島選手は米国を拠点にトレーニングを積んでいます。デーブ・サロコーチとコミュニケーションをとる機会は?
平井: 大会のときに話をしてデーブと意見が一致したのですが、まず康介自身が水泳教室などもやっていて、いろいろと忙しい。練習時間が以前と比べて確保しにくくなっています。
 でも康介自身、いまの自分の状態ややるべきことはよく理解している人間です。世界水泳後に話をした際には、「現状、100mではあまり勝てる気がしない」と珍しく弱気な発言をしていました。これだけの敗戦は初めてのことなので、具体的にどんな努力をすれば再び勝てるのかが見えてこないんでしょうね。康介には「100mと200mで、それぞれ“2つの泳ぎ”ができるようになることが大事なんじゃないか」と話をしました。

二宮: 100mの泳ぎの延長線上に、200mがあるという発想ではないと?
平井: 近年の平泳ぎの世界は100mのスペシャリスト、200mのスペシャリストといったように種目ごとに細分化されてきています。そして、それぞれのレベルがかなり上がっている。

二宮: それでは北島選手が確実に結果を残せるようロンドン五輪で200mに絞るという選択肢も出てくるのでしょうか?
平井: 康介には、これまでの実績と高いプライドがあるので、200mだけに絞ることは納得しないと思います。だから僕は200mで心配なく泳げるようにしてから、100mの課題に取り組むべきだと考えています。得意なことを先にクリアして、苦手なことには後でじっくり取り組んでいけばいいと思うんです。

二宮: 北島選手はもう10年以上、第一線を張っています。来年は30歳を迎えることもあり、衰えという側面はないのでしょうか。
平井: それは感じませんね。今回の世界水泳は4月に左足太もも内側の肉離れをしたことが尾を引いたのでしょう。おそらく疲労がたまっていたんだと思います。康介の場合、こういった故障が多くなり、その結果、十分なトレーニングができなくなることが怖い。直前の“付け焼き刃のトレーニング”では力を発揮できません。

二宮: 逆に言えばトレーニングさえ充分に積めれば、まだまだ泳ぎは進化すると?
平井: あとはベテランならではの経験が邪魔をしないことが重要ですね。実は、今回の世界水泳で、こんなやり取りがありました。200mの前にデーブコーチが康介に「前半は(ペースを)抑えていけ」とアドバイスしたら、康介は「抑えてもへばるものはへばる。抑えるとかえってリズムが崩れてダメだ」と言って、受け入れなかったんです。
 そんな無謀なことを考えるくらい200mでは強気なのに、100mでは「相手に(最初の50mを)27秒台前半で入られたら勝てない」とか言っている。私は「200mと同じ考えで100mも臨めばいいんじゃないか。先入観にとらわれすぎなんじゃないか」と話をしました。

二宮: 固定観念にとらわれると自分の殻を破れない。
平井: “自分はこれまでこうだった?という経験が、精神の柔軟性を失わせ、他人の助言に耳を傾ける心を失わせる。ベテランが勝てなくなる原因は、肉体の衰えよりも精神の成長が止まるほうが大きいのではないかと感じています。

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