伝説の400勝投手、金田正一は速球とカーブだけで打者を牛耳り、白星を積み重ねた。その投球を支えたのは、徹底した自己管理とトレーニングだ。食事や疲労回復には人一倍こだわり、走り込みを重視した。監督になってからも投手の管理とケアには神経を使ったという。そんな78歳の目に現在の球界はどう映っているのか。二宮清純がインタビューを試みた。
二宮: 金田さんは73年からロッテの監督に就任しました。「名選手、名伯楽に非ず」ということで当時は指揮官としての手腕を疑問視する声もありました。
金田: ええ。「あれが監督やったらダメ。絶対チームを壊すから」ってバカなこと言った評論家や新聞記者がたくさんいましたよ。はっきり言ってね、野球なんて監督がやるもんじゃない。コマがあるかないか、それだけですよ。最近の野球は野村(克也)とか落合(博満)とか監督がガチャガチャやっているように思われているけど、このままじゃお客さんは来なくなりますよ。アメリカのメジャーリーグのように選手同士のぶつかり合いに注目が集まらないと、ただ3時間も4時間も試合をやっているだけになる。野球なんて見向きもされなくなりますね。

二宮: では、監督時代はミーティングをやったり、選手を縛ることはなかったと?
金田: 試合終わって、メシも食わさないといけないのに、こっちにミーティングする権限はありませんよ。試合後は絶対、ミーティングなんてやらん。負けたらパッとそこでおしまい。必要があれば、あくる日にやりましたよ。

二宮: 金田さんが監督に就任した時、パ・リーグの観客動員はセ・リーグに圧倒的大差をつけられていた。ベースコーチに入って“カネヤンダンス”をやったのは、お客さんを喜ばせようとした側面もあったのでしょうか?
金田: いや、喜ばそうとしてやったわけじゃない。でもお客さんを第一に考えた野球はやっていたね。繰り返しになるけど、野球はコマがなきゃ勝てない。単純なことですよ。ピッチャーとバッターに力があって、コンディションを整えて、人の10倍練習して、10倍節制すれば勝つ。巨人だって9連覇した時はひとりひとりが他チーム以上に練習をして全力を出していた。それが結果としてチームワークとなって勝っていたんです。

二宮: 勝つには人の10倍の練習が必要。だから選手たちには「走れ走れ」と指示を出していたわけですね。 
金田: 「走って野球がうまくなるか」と言ったバカがいるけどうまくなります。当たり前じゃん。100%で走ったら、その分、節制もしなきゃいかん。食事や睡眠はもちろん、マッサージなどすべてのことをしなきゃいかん。技術はもちろん大事だけど、やはり管理、ケアがきちっとできなきゃ、いい成績は残せない。おかげでロッテの監督時代にピッチャーで故障者はあまりいなかったでしょう。金田正一が野球界に残したものには数々の記録もあるかもしれないけど、こういったコンディショニングの大切さを伝えたという自負はあるね。

二宮: 金田さんは現役時代から栄養面でもかなり気を使って食事をしていたと聞いています。それは経験に基づいたものですか?
金田: 食べなくて勝てる商売があるかね? 歴史を振り返っても豊臣秀吉は戦いにあたって、まず沿道に食糧を備える計画を立てていたそうです。野球もまず、いいものを365日、3食きちんと食べなきゃ話にならない。今のプロ野球で400勝てるピッチャーがいますか? なぜ、私が記録をつくることができたのか。それは第一に食べることができたからですよ。巨人に行った時に川上(哲治)監督から「金田は食べることを教えてくれた」と言われましたよ。食事がV9の礎になった。このことをもっと今の野球に携わる人間は知っておいてもらいたいね。

二宮: いいものを食べるためなら、多少の出費は厭わなかったとか。
金田: もちろんです。最高級のものを食べる。なんでプロ野球選手は年俸を何千万円ももらっているのか。月10万円で生活している人と一緒の食事じゃダメなんです。しっかり使わないと世の中のバランスもとれない。だけど今の子は預貯金に廻しているようだね。カネなんて使える時に使っておかないと、あてにならないですよ。

二宮: 今季、ダルビッシュ有が金田さんでも達成できなかった5年連続防御率1点台を記録して海を渡ります。金田さんのダルビッシュ評は?
金田: アイツはまだ8割くらいの力しか出していないでしょう? 100%の能力を発揮したら、金田正一を超越するものを持っている。何も160キロを投げる必要はない。そんなのを目指したら、どこかで反動がきますよ。僕だって投げようと思えば160キロを放れたと思うけど、それをやらなかったのは故障しないため。それよりも足腰を鍛えて、もう少し2枚腰が使えるといいな。もっと腰をためて間をつくれるようにしたら、メジャーリーグでも勝てる。パッと放るんじゃなくて、グッとためをつくれば打者とのタイミングもずらせる。これを覚えれば、もっとすごいピッチャーになりますよ。

二宮: 金田さんもメジャーリーグから誘いがあったでしょう?
金田: ありましたよ。ケーシー・ステンゲルが率いていたニューヨーク・ヤンキースとか。大ボラを吹くわけじゃなく、メジャーリーグでも勝てる自信はあったね。いくらメジャーリーガー相手とはいえ、人間なんだから能力があれば勝つ。金田の球は他のピッチャーの球とは違う。力任せに投げるアメリカのピッチャーと比べてもボールの伸びが違う。誰にもマネはできない。

二宮: それは独特のスピンがかかっていたと?
金田: スピンなんてかける必要ない。スピンをかけようとした時点で終わりですよ。バーンバーンとリズムよく腕を振るだけ。スナップの柔らかさは天性のものがあったからね。

<現在発売中の『文藝春秋』2012年1月号では「プロ野球伝説の検証」と題し、金田監督(当時)率いたロッテオリオンズと太平洋クラブライオンズが引き起こした大乱闘の真相を解き明かしています。こちらも併せてご覧ください>