日本人現役サウスポーで技巧派と言えば、千葉ロッテ・成瀬善久の名前を挙げる人は少なくないだろう。ストレートの球速140キロ台前半ながら、球の出どころが見えにくいフォームで打者を翻弄する。今季は10勝12敗と負け越したが、48本塁打を放った埼玉西武の中村剛也を18打数3安打、0本塁打、0打点とカモにした。最下位からの巻き返しを図るマリーンズのエースに、その独自の投球論を二宮清純が訊いた。
(写真:「今季は昨季、(日本シリーズまで)フル回転した疲れが予想以上に残っていた」と明かす)
二宮: 球の出どころが見にくいといえば、来季はオリオールズに移籍する和田毅選手が代表格です。彼のピッチングは参考にしていますか?
成瀬: 球のキレを追求している面ではすごく勉強になりますね。でも、どうしても自分ではマネできない部分もある。たとえば右バッターに対するインサイドのスライダーの使い方。130キロくらいのスピードで真っすぐと同じ軌道で来て右打者のヒザ元に落ちる。あれは僕には投げられない。うらやましいですよ。

二宮: 成瀬さんは逆に右打者のアウトコースからストライクゾーンに曲がってくるスライダーを得意にしています。
成瀬: はい。今まで、いろんな左ピッチャーを観察してきましたが、スライダーに関しては内スラと外スラのどちらも得意なピッチャーはいませんね。内スラがいいピッチャーは外スラが苦手で、外スラが投げられるピッチャーはその逆。もちろん投げられないことはないんですけど、勝負球にはできないんです。

二宮: それはなぜでしょう?
成瀬: おそらくスライダーの曲がり幅が関係しているのでしょう。僕はスライダーの軌道がブーメランみたいに大きく曲がる。こういうピッチャーはインコースにスライダーを投げると曲がり幅が大きいので見極められるし、甘く入ると打たれやすい。一方、和田さんや杉内(俊哉)さんのスライダーは真っすぐに近い軌道でピッと曲がる。だからインコースを突くのに有効なんだと思います。

二宮: スライダーの握りを調整して投げ分けることはできないのでしょうか?
成瀬: 僕も内スラを投げたかったので、握りを変えて試したことがあります。すると、もともと良かったブーメラン系の外スラのキレが悪くなりました。だから、両方を覚えるのは難しいだと感じています。

二宮: では、成瀬さんの右バッターのインコース攻略法は?
成瀬: 基本はストレートです。そしてたまにブーメラン系のスライダーも使う。ちょっと腕の振りを速くして、曲がり幅を小さくしています。

二宮: 成瀬さんの腕の振りは非常にコンパクトです。単純に考えれば、腕の振りが小さいと変化球の曲がりは小さくなる。素朴な疑問ですが、あの大きく曲がるスライダーを投げられるコツはどこにあるのでしょう?
成瀬: まず握りが関係しているでょうね。普通のスライダーは、人差し指か中指のどちらかを縫い目にかけて投げるのが一般的です。でも、僕のスライダーは人差し指と中指の両方を縫い目にかけています。しかも、イメージとしては大きく巻き込むように投げます。最初からホームベース目がけて投げる(写真左)。のではなく、20〜30度くらい一塁側の方向へズラして投げる意識です(写真右)。そこから曲げる感覚で腕を振っています。自然とひねりも入るので曲がり幅が大きくなる。

二宮: 本拠地のQVCマリンフィールドは風の強いことで有名です。海から吹く風がバックネット裏の壁に跳ね返ってホームベース付近では向かい風になるとか。
成瀬: スピードがないので、風に戻されてドンドン曲がっていきます。その曲がり幅は投げていても正直、予測がつきませんね。内スラだと、もしバッターに読まれて早めに始動されたら、うまく巻き込んで対応されてしまう。スピードがないので打ち頃になってしまう怖さがあります。でも、外スラならボールからストライクゾーンに入ってくる球なので大ケガはしない。そういう意味でも外スラを使っています。

二宮: 落ちるボールにはチェンジアップがありますが、フォークは投げないんですか?
成瀬: フォークは一時期、投げてたんですけど、ヒジに負担がかかりました。確かにフォークかスプリットボールが投げられたらベストですよね。その点では和田さんはすごい。フォークもチェンジアップも投げられますから。和田さんはフォームもピュッと投げるほうなので、似たようなスタイルといっても僕とはタイプが違うのかもしれません。

二宮: 成瀬さんの売りは何と言ってもコントロールの良さです。今季も四球はリーグ最少タイの18個(規定回数以上)でした。
成瀬: でも、18個の割には防御率が悪い(3.27)。これは来季の課題ですね。やはり、防御率は2点台前半でないと。今年、唐川(侑己)の防御率が2点台前半(2.41)でしたが、四球は35個と多かった。おそらく、「ここはフォアボールを出してもいい」っていうところで出しているんでしょうね。だから四球が多くても防御率がいい。僕はその逆で「四球を絶対出しちゃいけない」という感じになってしまった。四球は少なくても球が甘くなったり、悪循環に陥ったんじゃないかなと反省しています。

二宮: どのボールもほぼ狙ったところには投げられる自信がありますか?
成瀬: どうですかね。確かに気持ちが落ち着いている時は、「このへん投げたら、バッタ―もこんな感じかな」ってイメージはできています。僕の生命線は、やはり外のスライダー。その時の風向きや体の状態に合わせて、「さっき、こう投げたら、ちょっと中に入ったから、もう少し外から曲げてみよう」という調整はできますね。「今日はこう腕を振ったら、このくらい曲がる」とかもわかりますよ。ここに投げたら絶対安全というゾーンも理解できているので、その点のコントロールは大丈夫です。ただ、いざという時のコントロールはまだまだ。やはりピンチを背負った時のコントロールに絶対の自信がないとピッチングが苦しくなりますね。

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