ダルビッシュ有がテキサス・レンジャーズに6年6000万ドル(約46億円)という破格の条件で移籍が決まった。24日に慣れ親しんだ札幌ドームで会見に臨んだ右腕は、メジャーリーグに挑戦しようと決意した理由を「僕はすごく勝負がしたい。でも、(日本では)そうじゃなくなってきている」と明かした。日本でのライバル不在が環境の変化を選択させたということだろう。チームメイトとして試合中、ダルビッシュの後ろ姿をみてきた稲葉篤紀は彼のすごさをどのように感じてきたのか。二宮清純が訊いた。
(写真:今年で不惑を迎えるが「スピード以外は衰えを感じない」と力強い)
二宮: 昨季は低反発の統一球の影響か、稲葉さんの成績も打率.262、12本塁打と前年より下がってしまいました。実際のところはどうでしたか?
稲葉: 影響はあったと思います。前の年だったらフェンス直撃、ホームランになっている打球が手前で捕られたりすることが多かったです。少し芯からずれると、打球が5メートルから10メートルくらいは飛ばなかったですね。

二宮: ホームランも全体で4割減になりました。
稲葉: そこまで減るとは思いませんでした。特にジャイアンツのホームランが減ったでしょう? 僕は今季、東京ドームで12本中5本ホームランを打っているんです。札幌ドームと比べると球場が狭くて、すごくありがたかった。ホームランも出やすいのにジャイアンツの選手がどうして打てなくなったのか、不思議で仕方なかったです。

二宮: そんななか、おかわり君こと中村剛也(埼玉西武)だけは48本塁打と自己最多タイの数字を残しました。彼の打撃はどう見ましたか?
稲葉: 従来のボールだったら、何発打ったんだろうと感じますね。アイツの打球にはギリギリでスタンドに入ったものがない。完璧なホームラン。パワーだけでなく技術が高いんでしょうね。

二宮: その技術を具体的に言うと?
稲葉: バットへのボールの乗せ方に加え、スイングがブレない。前に泳がされたり、崩されたりしての空振りがないんですね。三振も多いですけど、紙一重なものも多い。守っていると、ひとつ間違えたらスタンドインだったんじゃないかとヒヤヒヤしていましたよ。

二宮: でも、そのおかわり君をもってしても、今季のダルビッシュから1本もヒットが打てなかった。
稲葉: おかわりも別格ですが、ダルビッシュも別格ですよ。まず真っすぐが速い。僕は真剣勝負はないですけど、紅白戦やシートバッティングで対戦したことがあります。速いなと感じましたね。
(写真:2000本安打まではあと34本。「10年やれればいいと思っていたので自分でも驚いている」と話す)

二宮: ダルビッシュは真っすぐが速いだけでなく、変化球も多彩です。
稲葉: 僕が対戦した時にはカーブを1球投げてきたんですけど、その曲がり具合がすごかった。しかも、腕をしっかり振って投げているので初速が速い。そこからブレーキがかかって手許で急に曲がり落ちるんです。

二宮: へぇ〜、通常のカーブはスピードが緩いイメージですけど、ダルビッシュのそれは速いと?
稲葉: はい。最初の感覚は真っすぐと同じ感覚です。途中からググッと曲がり出すので、とんでもない空振りをしてしまう。しかも体が大きくて威圧感があるので、ボールが出てくるのがものすごく近く感じます。

二宮: 味方であれば、これほど頼りになるピッチャーはいませんね。
稲葉: ここという時に三振が取れるので安心して見ていられますね。ライトを守っていて左バッターが打席に入ったら、ほぼボールは飛んでこない。ダルのボールを引っ張り切れるバッターはそういませんから。逆に右バッターが振り遅れて打球が飛んでくることはよくある。ダルを打つバッターは本当にすごいですよ(笑)。今まで一緒にやってきたなかではナンバーワンのピッチャーです。味方で良かったと思っています。

二宮: “飛ばないボール”2年目となる今季、もう対策はできていますか?
稲葉: 先程、飛ばないボールの影響があったと言いましたけど、それで成績が落ちたというのは言い訳だと思っています。ボールが変わっても対応していくのが、プロ野球選手であり、一流選手です。だから今季は僕らバッターが結果を残すしかない。やるしかないという思いです。

二宮: 現在の福岡ヤフードームができた当初、「こんな広い球場ではホームランは激減する」といった声がありました。でも数年もすれば普通にホームランが出るようになりました。今回の低反発球も年々、バッターが適応してくるのではないでしょうか?
稲葉: 打てると思いますよ。昨年は、みんなボールが変わったことによって、バッティングが変化してしまった。ボール自体の問題より、そういう要因が大きかったと思います。技術もそうですがバットも進化していくので、飛ばないながらも飛ぶようになってくるでしょう(笑)。

<現在発売中の『小説宝石』2012年2月号(光文社)では稲葉選手のバッティング論について、さらに詳しいインタビュー記事が掲載されています。こちらも併せてご覧ください>