第742回 再びの「2分59秒」から何を学ぶか
カンカンと2回、乾いた音が鳴り響けば、残り10秒である。この拍子木に救われたと思った、その数秒後だ。パナマ人のレフトを顔面にくったWBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志は腰からキャンバスに崩れ落ちた。具志堅用高が持つ世界王座連続防衛記録(日本ジム所属)に、あと2つ届かなかった。
王座陥落を意味する、同一ラウンド3度目のダウン。2度目のダウンを喫してからはクリンチで逃げる手もあったが、「やり返したい」というボクサーの本能が裏目に出てしまった。「(体が)温まる前に終わった」と内山。出合い頭の事故に遭ったような心境だったろう。
暫定王者のジョスレル・コラレスは、前日、午後1時過ぎから行なわれた計量でリミットを400グラム上回るという失態をおかしていた。チャンピオンに「時間内に体重をつくれないならボクサーの資格はない」と叱られるなど前代未聞だ。
スタミナ面に不安を残すパナマ人は先手必勝とばかりに1ラウンドから仕掛けてきた。左右のフックを振り回し、内山を棒立ちにさせる。そして迎えた2ラウンド、内山はカウンターの左フックをくって最初のダウン。立ち上がろうとしてひざが揺れ、足元がふらついた。2度目のダウンはバランスを崩したものでやや気の毒だったが、逆に言えば最初のダウンのダメージが残っていたということだ。最後は浅いレフトに尻もちをつき、万事休した。
KOタイムは2分59秒。拍子木が鳴ってからの10秒をしのいでいれば、との悔いは残るが、負ける時はこういうものだろう。
既視感がある。11度目の王座防衛を目指した元WBC世界バンタム級王者・長谷川穂積がWBO世界同級王者のフェルナンド・モンティエルに王座を奪われたのも2分59秒だった。それまで有利に試合を進めながら4ラウンド、拍子木が鳴って舞台は暗転する。メキシコ人のレフトをくってぐらつき、ロープ際で連打を浴びた。腕がロープに絡まるという不運も重なり、試合をストップされた。ゴング直前の惨劇だった。
内山にしろ長谷川にしろ日本ボクシング史に名を刻む名王者である。さらなる防衛記録更新を期待されながら、遮断機が下りたのは、ともに2分59秒。これは偶然なのか、それとも…。ラウンド終了間際の悲劇から後進たちは何かを学ばなければならない。
<この原稿は16年5月4日付『スポーツニッポン』に掲載されています>