8年間で4度のリーグ優勝を果たした落合博満監督から高木守道新監督に代わった中日は首脳陣を大幅に入れ替えた。なかでもリーグ随一の投手陣をまとめるのが、73歳の権藤博コーチだ。選手を型にはめず、個性を伸ばす指導で、これまで近鉄、福岡ダイエー、横浜で投手コーチを歴任した。横浜の監督を2000年に退任して以来、12年ぶりの現場復帰だ。久々にグラウンドに戻ってきた名伯楽はリーグ3連覇へどんな手腕を振るうのか。キャンプ中に二宮清純が直撃した。
二宮: 権藤さんのユニホーム姿を見るのは本当に久しぶりですね。グラウンドに立つとイキイキして見えますよ。
権藤: しかし、なかなか指導者になるチャンスはないもんですね(苦笑)。私は横浜の監督を辞めてから、2軍監督でもピッチングコーチでも何でもやるつもりでいたんですよ。70歳を過ぎても体は動く自信がありましたから。

二宮: 12年ぶりの現場復帰でブランクを感じることは?
権藤: ブランクというか、理想が高くなり過ぎるんですよね。評論家は上から見て、各チームのダメなところばかりをチェックするじゃないですか。でも実際、現場に入ってみると、そんなに全部完璧にはできない。だから理想ばかり追いかけず、現実を見つめないといけんなと思っています。

二宮: 中日は強みは投手力です。昨季のチーム防御率はリーグトップの2.46。若い好投手が多いから、やりがいがあるのでは?
権藤: ピッチャーに関してはコマが揃っていますね。これは前任者が良かったのと、球団スカウトの功績でしょう。いい選手を獲ってきて、素直に伸ばしている。みんな球に力がありますよね。あまりヘンなことを教えずに、体だけしっかり鍛えて、のびのびと投げさせていた成果だと思います。

二宮: ひとつ心配があるとすれば、先発の一角だったチェン・ウェイン(オリオールズ)が抜けたことでしょうか。
権藤: たいしたことないですよ(笑)。彼の代わりになるピッチャーはウチには何人もいる。これが岩瀬(仁紀)が抜けた、浅尾(拓也)が抜けたって話なら別ですが。シーズン中、1軍登録できるピッチャーは12、3人ですけど、正直、20人ぐらいベンチに入れなきゃいけないほどの枚数がいますからね。

二宮: 誰を投げさせるかではなく、誰をふるい落とすかが権藤さんの仕事になる。他球団から見れば、贅沢な悩みでしょうね。
権藤: 1軍で投げたいなら、競争に勝つことですよ。マウンドでは、皆すごいいい球を放っています。これが試合のマウンドで同じように投げられるか。これだけ競争が熾烈だと「打たれたくない」「2軍に落ちたくない」という意識がどうしても働いてしまう。それを乗り越えてブルペンと同じようなボールを投げたヤツが生き残るんです。だから、僕が彼らに教えることはひとつもありません。「そうだ! そのまま行きなさい」なんて言っているだけですよ。

二宮: ハハハハ。でも、権藤さんのスタイルは“放任主義”だと批判する人もいますね。
権藤: 今さら教えてうまくなるようなヤツはプロに入ってこないんです。何千万円も契約金もらって来ているんだから、フォームをああだ、こうだと言うのは失礼ですよ。プロなんだから、人に言われるんじゃなくて自分でやらなきゃ。

二宮: ユニホームを着た権藤さんは本当に楽しそうに見えます。
権藤: 今はね。毎年そうですけど、公式戦が始まるまでは最高。好きな野球をやって、どの選手にも夢がある。“コイツはどう伸びるかな”とあれこれ想像するのは楽しい作業ですよ。

二宮: グラウンドでもジッと立って練習を見ていますね。12年前とこの姿は全く変わりません。失礼ながら、疲れることはありませんか?
権藤: これくらいのことで疲れたら、どうするんですか(笑)。僕は何にもやってない。ただ歩いて、ズーッと見てるだけです。本当は選手と一緒に走りたいくらい。走れないことはないけど、さすがにこの前、ちょっと走ったら足が痛くなったから(苦笑)。

二宮: 73歳とはとても思えません。
権藤: 横浜で監督をしていた時には、ボビー・ローズと一緒に走って、50メートルを7秒5ぐらいで走りましたからね。あの時でも、もう60歳は超えていた。僕、自分でも体力にはすごく自信があるんです。今でも、ちょっとトレーニングしたら、何秒で走れるかなと思っていますよ。万が一、ケガしたらみっともないからやらないだけ(笑)。それに監督じゃないんだから、偉そうに座っている立場じゃない。1日中、立っているのは苦痛でも何でもないですよ。

二宮: 練習や試合終わりの晩酌は毎晩?
権藤: ええ。お酒は水みたいなものですから(笑)。

<現在発売中の小学館『ビッグコミックオリジナル』(2012年4月5日号)に権藤コーチのインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください。>