160522sluck

(写真:福田をはじめとしたトップライナーがメディアに取り上げられることも増えた)

「あ、スラックラインやってる」と足を止める人がいれば、得意気に「あれ、スラックラインっていうんだよ」と説明している人もいた。5月の週末、東京世田谷にある複合施設二子玉川ライズでの出来事だ。1年前には「何あれ?」と言われていたスラックラインの知名度は、今では明らかに違っていることが見て取れた。

 

 この日行われていた国際スラックライン連盟(WSFed)公認大会である「GIBBON CUP」第1戦の東京大会。スラックラインの数ある種目の中で、5センチ幅のベルト状のライン上でジャンプや宙返りなどの技を競い合う「トリックライン」の大会だ。一般の部で優勝したのは男子が昨年度日本ランキング1位の田中輝登、女子が同3位の須藤美青だった。

 

 国内の愛好者も4万5000人と言われているスラックライン。「GIBBON CUP」東京大会が行われた二子玉川ライズの推定観覧者数は4000人(2日間合計)に及んだ。これは二子玉川ライズを運営する東急電鉄株式会社によれば、例年の3割増しだという。福田恭巳らトップライナーがメディアに取り上げられる機会も増えてきた。北米のエクストリームスポーツ大会「X Games」にも種目として採用されるなど、注目度も上がってきている。

 

「競技人口は大会で活躍する小中高生が出てきていますから、これからもどんどん伸びていくと思います」。そう語るのは日本スラックライン連盟(JSFed)の小倉一男理事長だ。手応えを掴みつつも、小倉理事長はその先を見据えている。「スポーツはトップと底辺がバランスをうまくとってやっていかないといけない。まだスラックラインはトップも底辺も少ないんです」。裾野も広げていきたい。その思いからJSFedは様々な試みを図っている。

 

160522sluck3

(写真:「スタティックチャレンジ」の発案者・大杉はミニゲームのジャッジを務めた)

「GIBBON CUP」東京大会では「スタティックチャレンジ」というエキシビションが開催された。スラックラインにおいて線上で止まる技術がスタティックトリックと呼ばれるものである。そのスタティックに特化したミニゲームを発案したのは第一人者の大杉徹である。

 

 大杉はその理由を「スラックラインの可能性を示したかった」と口にする。

「トリックラインの大会は選手たちがどうしても得点を稼ぎにいくので激しいバウンス(跳ねる技)が中心になってしまいます。GIBBON CUPはお客さんもたくさんいるので、“スラックラインにはこんな技もある”ということを見ていただきたかった」

 

 跳んで跳ねてとクルクル回る華やかなトリックにばかり目を奪われがちだが、何よりバランスを保つことがこの競技の肝である。小倉理事長も「基本なんですがやってみると難しい。動いているとスムーズにいくものも、ひとつひとつの技を決めていくのは難しい」と語る。事実、トリックラインの大会で好成績を収めているトップライナーすら苦戦していた。

 

「バウンスも同じように難しいんですが、スラックラインの技はたくさんある。選手たちもなかなかああいう技を練習しない。練習しないと上手な選手よりはできない。逆に大会は不得意だけど、バランス系が得意な人もいます」と大杉。選手たちに基本の大事さを伝えるとともに、この競技のもつ多様性を示したい第一人者の思いが「スタティックチャレンジ」として結実したわけだ。

 

160522sluck5

(写真:フィットネスインストラクターによるデモンストレーションが行われた)

 JSFedの試みはこれだけにとどまらない。「一般の人たちにはそれぞれに合ったかたちで始めてもらいたい」と、今年からはフィットネスとの融合も積極的に図っている。ノルディックスキー・ジャンプの葛西紀明がトレーニングに使用したことからもわかるように体幹を鍛えるスポーツとしての側面もある。スラックラインメーカーのGIBBONからも専用のラックが販売され、「ギボンフィットネス」としてスラックラインによるフィットネストレーニングを勧めている。

 

 インストラクターの1人として起用されているのは、第1回日本オープン優勝者の加藤木友香だ。彼女はピラティスのインストラクターの資格も持つ。「これまではスラックラインを教えることはできたんですが、フィットネスが入ってくることによって身体のことに興味を持つ方もいらっしゃる。スラックラインのコツは教えられるけど、身体についてのコツも知りたいなと思ってピラティスを選びました。やってみると共通する部分も多いんです」

 

 約6年前にスラックラインに出合ったという加藤木。「私は運動神経が良い方ではないので、そういう女性でもできることを広めたかった」と語る。「スラックラインに出合わなかったら身体のことも勉強しなかったし、トレーニングもしなかったと思う」。彼女の人生に広がりを持たせた競技でもある。

 

 加藤木は様々な広がりを見せるスラックラインの今後にこう期待する。

「一番はいろいろな人に味わってほしい。たとえばOLさんでも仕事で疲れて帰ってきて、スラックラインをやってリフレッシュできます。リラックスしないと集中できないので自分が身体をコントロールすることでストレス発散にもつながることもあります。そういった部分も知ってもらいたい。でもまだまだスラックラインは“見たことある”なんですよ。それが“やったことある”に変わってもらえたらうれしいですね」

 

「はじまったばかりのスポーツなので、遊び方を考えながら作っていける。可能性は無限です」。そう胸を張った大杉の言葉通り、スラックラインには幾多の可能性が広がっている。トリックライン、ハイライン、ロングライン、ウォーターライン……場所によって姿かたちを変えられるスポーツ。トレーニングに限らず、ショー要素もある。ラインの繋ぎ方次第では、他業種とのコラボレーションも可能だろう。まだメジャーではないがゆえに、そのポテンシャルは測り知れない。

 

(文・写真/杉浦泰介)