打った瞬間、入ったと思った。いやはや、すごい逸材が現れたものだ。

 

 右翼手も、その瞬間、追うのを諦めた……ように見えた。ところが、途中から打球に合わせるようにして、追い始める。えっ? ウソだろ、入るだろ? フェンス手前まで追って構えて、キャッチ。結局、ライトフライに終わった。

 

 7月23日。全国高校野球選手権西東京大会準々決勝、早稲田実業-八王子学園八王子の一戦である。6-3と八王子がリードして迎えた9回表、早実の攻撃でのことだ。1死一、三塁で3番・清宮幸太郎という、絶好のチャンスを迎える。

 

 ホームランなら同点。そうなれば、流れからいって、早実の逆転勝利になる可能性が高い。清宮自身、「アウトかホームランと思って打席に入った」という。

 

 その初球。八王子のピッチャー米原大地はインローへストレートを投じる。それを、清宮は、ものの見事にとらえたのだが、結果は犠飛。6-4で八王子が勝利したのである。

 

 では、何が起こったのか。右翼手の保條友義はこう言っている。

「入ったと思ったら(打球が)戻ってきたんです」(「日刊スポーツ」7月26日付)

 

 このとき、神宮球場は、センターからホームに向かって、かなりの強風が吹いていたのだ。

「狙ったところに来たけど、ミスショットした。(ボールの)下を捉えすぎて上がり過ぎてしまった」(「スポーツニッポン」7月24日付)

  というのが、清宮の弁である。

 

 結果を見れば、そうなのかもしれない。逆風が吹いているのだから、低い弾道の打球を打たないと押し戻される、と考えるべきなのかもしれない。しかし、打った瞬間は、誰もが、行ったと思ったはずである。それくらい、大きな可能性を秘めた打球だったことも事実だ。この可能性の行く末を、目撃し続けたいと、切に思う。

 

 ホームランを生むバックスピン

 

 もう一つ、「大きな可能性」を目撃した。やや古い話になるが、オールスターゲームの初日。ホームラン競争で、大谷翔平(北海道日本ハム)が優勝したのである。

 

 もちろん、160キロの豪速球を投げられる日本人投手など、めったに出現するものではないから、彼は投手もやるべきなのだろう。しかし、本質的には打者なのだと思っている。なにしろ、打球が高く大きな弧を描いて飛んでいく。その、他を圧するような弾道が、実に美しい。

 

 最近では、7月31日の福岡ソフトバンク戦。1回裏無死二塁の場面で、岩嵜翔から放った13号2ラン。打った瞬間にホームラン、という当たりが、左中間スタンドに大きく高く飛んでいった。右手中指の皮がむけた影響で、このところ打者中心の出場が続いているが、案外、見る者には僥倖なのかもしれない。3割5分、50本塁打の可能性を持つ打者を目撃できるのだから。

 

ちなみに、1シーズンに3割5分、50本塁打以上を記録したのは、日本野球ではこれまでたった4人しかいない。1950年の小鶴誠、1973年の王貞治、1985年のランディ・バース、1985、86年の落合博満。これは、トリプルスリーよりも三冠王よりもすごい記録なんじゃないかと、個人的には思う。現在の日本球界でこの記録を狙えるとしたら、打者に専念したときの大谷しか考えられない。

 

とはいえ、強いてそれに次ぐ可能性のある打者をあげるとしたら、山田哲人(東京ヤクルト)、筒香嘉智(横浜DeNA)、柳田悠岐(福岡ソフトバンク)の順だろうか。

 

 ここは、山田哲人についても語っておかねばなるまい。

 

 彼は一見、とても50本塁打できるような天性のホームラン打者ではないように見える。たとえば筒香なら、見るからにホームラン打者だ。とくにこの7月の充実ぶりはすさまじかった。横からのスローを見るとよくわかるが、トップをしっかりとりながら、軸足に乗ってバットを前に出して回転するスイングは破壊的に強い。その点、山田は本質的には中距離ヒッターに見える。資料によれば、体格も180センチ、76キロである。それなのに、30本の大台には一番乗りしたし、今年もホームラン王を争っている(7月後半に入って、やや疲れがみえたが)。これは、なぜなのだろう。

 

 非常に面白い記事を見つけた。

「セの外国人スラッガーに聞く“なぜ山田哲人は本塁打を打てるのか?”」(「webスポルティーバ」6月1日配信)というもので、外国人選手の意見を聞いている。

 

 共通するのは「遠くに飛ばすには、ボールにバックスピンをかける」という考え方である。とくにマウロ・ゴメス(阪神)のコメントが興味深い。

「(山田は正しいバットの出し方なので)引っ掛けたり、フックしたりせずに、ボールにバックスピンがかかって遠くに飛んでいくんです」

 

 実はこの記事、知人に「ネットでこんなのを読んだ」と報告したら、「それ、おれも読んだ」と言っていたから、有名なものかもしれない。それにしても、やはり世は検索の時代ですね。

 

 ゴメスのコメントで思い出したのは、中田翔(日本ハム)である。

  彼は今季、不振にあえいでいる。不振というより、いい当たりをしたように見えても、なかなかホームランにならない。スタンドまで届かない当たりが多い。

 

 これは、今季の彼のバットとボールの当たり方が、まさに「引っ掛けたり、フックしたり」しているからではないだろうか。左足を上げるタイミングと、バットがボールをとらえるタイミングが微妙にずれて、ゴメス流に言えば、きれいな上回転のバックスピンではなく、やや回転軸が斜めになっている……。

 

 それを補助線にすると、山田の打球がホームランになりやすい理由が、よりわかりやすくなる。回転軸が水平に保たれた、きれいな上回転のバックスピンがかかるから、遠くまで飛ぶのだ。

 

 そういえば、大谷がホームランダービーに臨むとき、謙遜をしながらも、「上げれば入るような気がする」とも言っていた。この「上げる」は、きっとバックスピンを正しくかけることなのでしょう。

 

 つまり、バックスピンの「正しさ」が飛距離を生むということだ。

 

 プロ野球における“正義”とは

 

 ところで、すっかり騒ぎが収まった感があるが、後半戦に入った7月22日から、コリジョンルールが変更された。

 

「走者が明らかに守備側選手に向かい発生した衝突や、守備側が明らかに走者の走路を妨害した場合に適用する(以下略)」

 

 友寄正人審判長によると、走路に入っていたかどうかではなく、ブロックした場合に厳密に適用するのだそうだ。守備側の走路への侵入を厳しくとるという、当初の方針から、また大きく変わったものである。

 

 これについて、実は、どうしても再確認しておきたい事件があった。ただ、いかんせん古い話で、私には記事を検索できなかった。そんなことを別の知人に話したら、あっという間に検索してくれた。世は「検索能力」の時代なのですね。

 

 2000年4月13日のオリックス-千葉ロッテ戦。1回裏、二塁走者のイチローは藤井康雄のライト前ヒットで本塁に突入。ロッテの捕手・椎木匠に対して右足を伸ばしてスライディングし、スパイクが椎木の太ももに当たったのである。ロッテ側が危険なプレーと激高した、という事件だ。

 

 このときの、イチローのコメントが忘れられない。

「ベースがふさがれていた。走者として仕方ないプレー」「だったら(ベースを)あけておいてね、って感じ」(「日刊スポーツ」2000年4月14日付)

 

 もちろん、野球はラグビーでもレスリングでもないのだから、格闘技まがいのタックルやブロックは言語道断だろう。個人的には、このイチローの感覚が「正しい」のだと思って野球を見てきた。

 

 つまり、捕手は必ずベースの一角をあけなければならない。あけながら、しかし体をうまく使って捕球体勢をとり走者にタッチする。走者はその動きを見ながら、それをかいくぐるスライディングをする。本塁突入とは、その技術と技術の勝負なのだと。

 

 その観点からすると新コリジョンルールでは判定が覆ってアウトになるとされる6月14日の広島・菊池涼介のサヨナラホームインは、「セーフ」と言いたくなる。まあ、タッチのほうが早かったのだろうけど、彼のスピードと判断力と身体能力が生み出した鮮やかなスライディング技術だった。

 

 危険防止という、ルール導入の理由は理解できる。しかし、シーズン当初のルールにせよ、新ルールにせよ、イチロー的な「正しさ」が欠けているような気がするのだが。

 

 もっとも、世の中に絶対的な正しさなどありはしない。正義はすべて相対的なものだと言われれば、それまでだ。イチローだって、16年前とは考えが変わっているかもしれないし。

 

 弾丸ライナーか、大きな放物線か

 

 それをふまえたうえで、冒頭の清宮のあわやホームランのライトフライに戻ってみる。

 

 あれは、大きな弧を描くホームラン打者らしい打球だった。それこそ打球には「正しく」バックスピンがかかっていたにちがいない。

 

 ここで、かつて目撃した松井秀喜(当時巨人)の場外ホームランを思い出す。旧広島市民球場でのことだ。

 

 その打球は、右翼手の手前くらいまで、地面に平行なくらいの低い弾道で飛んでいき、外野フェンスが近づくあたりで、まるでジェット機が離陸するように上昇していき、はるか場外に消えていったのである。

 

 清宮の当たりの場合、明らかな逆風が吹いていたのだから、厳密に言えば、このような打球が正解だったのかもしれない。それを、彼は「下を捉えすぎて上がり過ぎた」と表現したと思われる。

 

 その意味で、究極に「正しい」ホームランは、松井の場外ホームランのような当たりなのだろう。ただ、ホームランには、もう一つの側面がある、とも言い添えたい。打った瞬間に、打球が他の打者とは次元の違う、ものすごく高いところを飛んでいく。その弾道の美しさを見上げるという魅力である。大谷のホームランは、どちらかといえば、この要素が強いし、おそらく、犠飛に終わった清宮の打球も、こちらに親和性がある。

 

 ホームラン打者とは、この二つの理念の間に究極を求める者の謂だろうか。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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