怪物超えへ、勝負の瞬間が迫っている。
 1カ月後に迫ったロンドン五輪で競泳男子200メートルバタフライに出場する松田丈志(コスモス薬品)の目標はただひとつ。同種目で世界記録を持つマイケル・フェルプス(米国)を破っての金メダルだ。4年前の北京五輪で松田は銅メダルを獲得したものの、金メダルに輝いたフェルプスには0.94秒差をつけられた。前回大会で史上初となる8個の金をかっさらった“怪物”に、宮崎からやってきた九州男児がいかに立ち向かうのか。二宮清純が最終調整中の本人を訪ねた。
(写真:フェルプスの強さの秘密を「泳ぎに対する集中力が高い」と分析する)
二宮: 先日の五輪代表選考会を兼ねた日本選手権での優勝タイムは1分54秒01。ライバルのフェルプス選手は昨年の世界水泳で1分53秒34をマークしています。やはり53秒台を狙いたかったのでは?
松田: はい。そのくらいは出せるコンディションだったので、正直、悔しかったですね。

二宮: 特に後半の100メートルの泳ぎに不満が残ったとか。
松田: そうですね。まず技術的に試したことがしっくりこなくて、泳ぎ自体がバタバタしてしまったことがひとつ。もうひとつは持久力の部分では、まだトレーニングが不足していた。昨年からスピードを上げることを重視した練習になっていたので、最後のところで伸びませんでしたね。

二宮: ということは、五輪に向けては後半の100メートルを泳ぎ切る力をつけると?
松田: 今までやってきたスピード練習では手応えをつかんでいます。だから、それを最後まで落とさないように持続する。これが五輪へのテーマです。

二宮: 心技体でみると、「技」の部分は完成したから、残るは「体」を極めるということでしょうか。
松田: 「体」でもあり「心」でもあるかもしれませんね。体力強化のトレーニングは地味で本当にしんどい。これまで以上に精神力が求められます。そこを「金メダルを獲る」という強い気持ちで、いかに乗り切れるか。ここまで来れば気力勝負という気がしています。

二宮: 特にバタフライは他の泳法と比較しても体力的にハードです。しかも強敵のフェルプスもいる。そんななか、敢えてこの種目で勝負をかける理由は?
松田: アテネまでは自由形とバタフライの両方をやっていこうと考えていましたが、五輪で周りの日本人選手が多くのメダルを獲得するなか、自分は獲れなかった。それがとても悔しかった。今度こそメダルを獲るんだと考えた時に、勝負ができるのはこの種目だと感じました。

二宮: でもフェルプスの壁は厚かったでしょう?
松田: 確かに最初は勝つイメージは沸かなかったですね。でも、北京が終わった時に、次のロンドンで勝負するなら、もう目指すものはフェルプスを倒すことしかないと感じました。だから、この4年間は、よりフェルプスに勝つことだけを考えて、練習に取り組んできたと言えるでしょう。

二宮: 北京後は所属先を探すのに苦労したり、紆余曲折がありましたね。
松田: 北京の結果は、その時点では最大限努力した結果だし、本当に満足していました。「これで引退してもいいかな」と感じたことも事実です。ただ、「メダリストとしてまず1年やってみよう」と泳ぎ続けていたら、09年の世界水泳でも銅メダルを獲れた。「なら、もう1年」と積み重ねていったことがロンドンにつながりました。

二宮: 競泳選手の28歳は、年齢が高い部類に入ります。齢を重ねることでの変化は感じますか?
松田: 衰えはまったく感じませんね。むしろ、やればやるほど自分のレベルが上がっているのを感じます。もちろんケアには気を使うようになりました。マッサージはまめに受けていますし、そういったサポートなしには競技は続けられないなと本当に感謝しています。

二宮: フェルプスとのタイム差は北京では0.94秒差だったのが昨年の世界水泳では0.67まで縮まってきています。
松田: ロンドンでは、この差をひっくり返すつもりですし、それだけの準備はしてきました。北京の時は「メダルを」と目標が漠然としていましたけど、今回は「フェルプスを倒しての金」という明確な目指すものがあります。もちろんフェルプスだって五輪に向けてはモチベーションをあげて、万全の調整をしてくるでしょう。そこにどう立ち向かって、上回っていけるか。自分でも本番を楽しみにしています。

二宮: 気は早いですが、ロンドンで金メダルを獲れば、4年後のリオデジャネイロも、となるのではないでしょうか。
松田: まぁ、それはまだ結果が出ていないから何とも言えません。ただ、28歳から29歳になったといって、急に力が衰えるものではないでしょう。ちゃんとトレーニングとメンテナンスをしていれば、高いレベルを維持できるのではないかとは感じています。
(写真:昨年は世界水泳の個人メドレー金メダリスト、ライアン・ロクテと3週間の合同合宿を実施。トレーニング量の多さに刺激を受けた)

二宮: 昨年、第一生命が行った調査によると、男の子の「将来なりたいもの」ランキングで、水泳選手が6位にジャンプアップしていました。スポーツ系ではサッカー、野球に次ぐ人気です。
松田: これは本当にうれしいですね。競泳は小学生時代、誰もがやるスポーツだから、もともと人気競技になる要素はあると思っています。そこに(北島)康介さんとかが世界で結果を出したことで、子供たちにも注目されてきたんでしょうね。

二宮: ロンドンでの活躍で、さらに子供たちの憧れの的となることを期待しています。
松田: そうですね。やはり五輪が近づいてくると、気持ちの入り方は全然違います。いい結果が出るよう精一杯頑張ります。

<7月1日発売の『第三文明』2012年8月号では、さらに詳しいインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>