「すごいプレーを見た。まるで忍者のようだった」
「あのプレーがなかったら、日本は負けていたかもしれない」

 3月12日、時計の針は夜の12時を回っていた。急ぎ足で東京ドームを後にするファンは口々に、そう語っていた。

 2次ラウンドE組における最強の敵・オランダ戦。日本のセカンド・菊池涼介は6-5と1点リード迎えた7回裏にチームを救った。1死一塁、ボールカウントは2-3。ザンダー・ボガーツのヒット性の打球はピッチャー松井裕樹の足元をすり抜けて二遊間へ。これを菊池が横っ飛びでキャッチし、二塁のベースカバーに入ったショート・坂本勇人へグラブトス。難局をしのいだ。

 他球団のファンにすれば、超の字のつくファインプレーだったかもしれない。しかしカープファンにすれば、見慣れた光景だ。「菊池なら当然」。テレビの前でそうつぶやいたカープファンも少なくなかったのではないか。

 昨年のシーズン中のことだ。ある球団の守備コーチとOBが私の隣でこんなやり取りをしていた。

「菊池の守備で、カープは1試合に1点は得しています」
「1試合に1点? それは大げさじゃないの。打点だと143点あげている計算になる」
「いや、それくらいの価値はありますよ」
「うまいのは認めるけど、ちょっと確実性に欠けるんじゃないの」
「菊池の場合、普通の選手が触れないボールにまで飛びつき、間一髪のプレーをする。そこで弾くこともあるため、そう見えないだけ。彼の姿を見るとエンドランのサインを出したくなくなりますよ」

 そういえば、2年連続トリプルスリーの東京ヤクルト山田哲人が、こうこぼした。
「正直言って、菊池さんのいるほうには(打球が)飛んでほしくない。(打球に対する)一歩目が恐ろしく速いんです。打つと同時に動いている。大好きなバッティングなのに、打ちたくないという気分にさせられたのは菊池さんが初めてです」

 ライバルにここまで恐れられれば、選手冥利に尽きるのではないか。非日常のプレーを“日常茶飯事”にしてしまう菊池の偉大さを改めて噛み締めるWBCである。


◎バックナンバーはこちらから