東洋大学125周年を迎えた2012年、同大野球部は東都リーグ6連覇、全日本大学選手権3連覇がかかっていた。その大事な年に主将に任命されたのが、緒方凌介だ。ドラフトの候補にも挙げられていた緒方にとって、まさに大一番。ところが――。野球の神様は、緒方に最大の試練を与えた。
―― キャプテンとして迎えた今年は、どんな1年だったか?
緒方: 春早々に右ヒザをケガして、人生で一番苦しい1年でした。

―― 7月には手術に踏み切った。
緒方: 最初は手術をしても、シーズンには間に合わないと言われたんです。でも、なぜか自分の中では「絶対に間に合わせられる」という自信がありました。キャプテンという立場で、チームを離れるということに迷いもあったのですが、中途半端な状態で試合に出るよりも、思い切って手術をしよう、そして必ずシーズンに間に合わせようと思ったんです。

―― ケガをしたことで得られたことは?
緒方: それまで見えていなかった部分が見えたことですね。監督やOBから「今年のチームには覇気がない」とよく言われていたんです。1つ上の先輩はキャプテンだった鈴木大地さん(千葉ロッテ)をはじめ、ガッツあふれた人たちが多く、活気に満ち溢れていました。確かに、その時のチームと比べれば、今年は元気がないのはわかっていました。でも、そんなに言われるほどでもないんじゃないかと思っていたんです。でも、自分がケガをして外から見て、初めてわかりました。声は出していても、一つひとつのプレーに気迫が感じられなかったんです。

―― その後、どう改善していったのか?
緒方: 自分自身がグラウンドの中で率先してやってみせるということができなかったので、外から見て感じたことを率直に部員に伝えるようにしました。みんなもそれをわかってくれて、いろいろと取り組んではくれたのですが、やっぱり頭で理解するのと実践するのとでは違うので、なかなか難しい部分もありました。それでも、グラウンドの外でもやれることがあるんだということを学ぶことができ、とてもいい経験になりました。

 キャプテン任命のワケ

 自ら「人を引っ張る性格ではない」という緒方は、高校まで一度も主将経験はなかった。その緒方を主将に任命したのが、高橋昭雄監督だという。「監督は自分の弱さを見抜いていた」と緒方。果たして、指揮官にはどんな狙いがあったのか。そして、緒方はどんなことを学んだのか。

―― キャプテンに就任した経緯は?
緒方: 通常は、引退する4年生が話し合って、3年生の中から推薦するんです。立場的に言えば、僕か戸田大貴のどちらかだろうと思っていたので、4年生の先輩たちには「自分は経験がないですし、自信がないので、戸田を推薦してください」とお願いしていました。先輩たちも「わかった」と言ってくれていたので、安心していたのですが、今回に限っては高橋監督が直々に僕を任命したんです。

―― 初めてのキャプテン就任。どうやってチームをまとめようと考えたのか?
緒方: 僕はどちらかというとマイペースに自分のことをやる、というタイプなので、これまでは他の選手に何かを言うということはあまりありませんでした。ですから、まずはみんなの見本となるように姿勢で見せて、背中で引っ張っていけたらと思っていました。ところが、3月のオープン戦でヒザを痛めてしまって……。なんとか春のリーグ戦には間に合わせたのですが、5月の練習中にまた痛めてしまいました。

―― 7月に手術に踏み切るまでにはどんな葛藤があったのか?
緒方: 5月に痛めた時には、右ヒザの靭帯が完全に切れてしまっていたので、手術をしなければ治らないと言われました。ただ、手術をしたとしても年内には間に合わないと言われたので、どうしようかなと。いきなり目の前に大きな壁が立ちはだかった感じがしましたね。気持ちを奮い立たせてくれたのは「自分はキャプテンなんだ」という気持ちでした。とにかく、チームのためにも絶対にシーズンに間に合わせようと。それだけでしたね。

―― 監督がキャプテンにした狙いとは?
緒方: おそらく自分に一番足りなかった部分だったと思うんです。これまでも主軸としてチームを引っ張るということは意識していましたが、リーダーとして先頭に立って姿勢を見せるとか、周りを見て発言するようなことはほとんどありませんでした。その部分が僕には足りないと、監督さんには見抜かれていたんだろうと思います。

―― キャプテンを務めて得られたことは?
緒方: チームを背負うということへの責任感が身に付いたと思います。最後には2部に落としてしまったのですが、貴重な経験をさせていただき、キャプテンに任命してくれた監督には感謝してもしきれないくらいです。

 一番の楽しみだった東浜との対戦

 今や最もレベルの高いリーグと言われている東都大学野球リーグ。1年春から試合に出場し、全国の舞台も経験している緒方は、これまで日本を代表する好投手と多くの対戦をしてきた。なかでも思い出深い対戦を振り返ってもらった。

―― 最も印象に残っている試合は?
緒方: 2年生の時の全日本選手権決勝で東海大のエースだった菅野智之さん(巨人1位)から打った先制タイムリーです。自分にとって初めての日本一だったのですが、それに貢献できた一打ということで、印象に残っています。

―― どんな球を打ったのか。
緒方: 真ん中高めに抜けたようなスライダーでした。前日、菅野さんは準決勝の慶應戦を一人で投げ抜いていたんです。ですから試合前、「疲労が残っているだろうか、力のある真っ直ぐは投げられない。そうなれば、変化球でカウントを取ってくるだろうから、それを見逃さずに打って行け」という指示が監督から出ていました。その通り、その日の菅野さんのボールは全体的に高めに浮いていて、真っ直ぐも変化球もいつものようなキレはなかったんです。本来のピッチングではありませんでしたが、あの菅野さんからタイムリーを打ったことには変わりはありませんでしたから、自分にとっては大きな自信になりました。

―― 試合後のインタビューでは「簡単に打てた」と。
緒方: 今、考えると生意気なことを言いましたよね(笑)。あの時は、リーグ戦では打率1割台と、もう見るに堪えない成績だったんです。ところが、選手権になると、なぜか打てていたので、それほど東都のピッチャーはレベルが高いんだなと。当時は中央大に澤村拓一さん(巨人)がいましたし、同じ学年には亜細亜大の東浜巨(福岡ソフトバンク1位)もいましたしね。それに、チームには乾真大さん(北海道日本ハム)、藤岡貴裕さん(千葉ロッテ)と、とんでもないピッチャーがズラリといましたから、常にすごいボールを目の当たりにしていました。そういうところでもまれていたことが活かされたのかなと思ったので、そういう意味で言った言葉だったんです。

―― 対戦が楽しみだったピッチャーは?
緒方: 東浜ですね。実は初ヒット、初打点、初ホームランと、大学での“初モノ”は全て東浜から打っているんです。今年は自分自身がケガをしてしまって、1度しか対戦することができませんでしたが、3年の秋までは結構、打っていました。やはり自分たちの学年ではNo.1のピッチャーですから、燃えるものがあるんです。

―― 東浜投手の特徴は?
緒方: ひと言で言うと、クレバーなピッチャーですね。4年生になってから、真っ直ぐはあまりスピードが出ていませんでしたが、それでも投球術は次元が違うなと。何よりも感性がすごいんです。バッターを見て、何を狙っているかを見抜いてしまう。もちろん、3年の時には150キロ台をマークするほどの剛速球も投げられるピッチャーですが、とにかく投球術が大学生レベルではないですね。

―― その東浜投手との対戦で一番印象に残っているのは?
緒方: 3年の春、開幕戦で打ったホームランです。それが大学初のホームランで、しかもバックスクリーンに入ったので嬉しかったですね。その前の2打席は空振りと見逃しで2三振していたんです。その打席でも2ストライクと追い込まれていたのですが、ただボールはよく見えていました。「どうせ3三振も2三振も変わらないんだから、思い切って振っていこう」と思っていたら、真ん中、少し外寄りに真っ直ぐが来たので、それを打ちにいったらバックスクリーンに飛んでいきました。大学初というのも嬉しかったですけど、何よりも東浜から打ったということで、思い出深い一打となっています。

 走攻守でトッププレーヤーに

「桧山を超えろ!」。入学当初から、東洋大の先輩である桧山進次郎(阪神)の2世と言われ、高橋監督からも大きな期待を寄せられてきた緒方。高橋監督が「桧山以上の実力がある」と言うだけあって、高い素質を持っていることは確かだ。地元球団からの指名によってプロへの道を切り開いた緒方に、意気込みを訊いた。

―― ドラフト会議で名前を呼ばれた瞬間は?
緒方: まだ入れ替え戦が残っていましたので、当日は練習に集中していました。いつもと変わらずに落ち着いていましたね。正直、ドラフトのことは一切、頭にありませんでした。でも、合宿所の応接間でチームメイトと会議の様子を観ていたのですが、予想していた5位が近づいたあたりからは、さすがに緊張し出しました。ところが、5位でかからなかったので、「まずいな」と不安になりました。そしたら、すぐに阪神から6位で指名されたので、ほっとしました。

―― 阪神へのイメージは?
緒方: 子どもの時から甲子園球場には何度か試合を観に行きましたが、関西は熱い人が多いので、スタンドはいつも熱気がすごいんです。結果を出さない選手には容赦ありませんが、逆にお客さんを味方にできれば、それが強さになるので、一日でも早く阪神ファンに認めてもらえるように頑張りたいと思います。

―― 理想とするバッター像は?
緒方: 自分は他のホームランバッターと比べたら身体が小さいのですが、遠くに飛ばす力には自信を持っています。一番重要なのは高いアベレージを残すことですが、それだけでなく、当たればホームランもある、というようなバッターになりたいですね。

―― 打席の中で重視していることは?
緒方: タイミングです。ピッチャーとの呼吸を合わせることができれば、どんなボールにも合わせることができます。ただ、東浜もそうですが、好投手というのは、そのタイミングをずらすのが巧いんです。そこを僕らバッターはいかに合わせることができるか。要はピッチャーとバッターのぶつかり合いなんです。どちらが勝つか、1対1のケンカみたいなもの。その張りつめた空気が楽しいんです。

―― プロに入ってアピールしたい点は?
緒方: 走攻守すべてを武器としてやっていきたいと思っています。究極の目標は、三冠王、盗塁王、ゴールデングラブ賞すべてを獲ることです。

―― プロで対戦したいピッチャーは?
緒方: PL学園の先輩である前田健太さん(広島)です。PL学園時代、僕が1年生の時、前田さんが3年生だったのですが、選手としてはもちろん、人間性も素晴らしくて、尊敬しています。沢村賞を獲るような大エースになっても、僕のような後輩への態度が全く変わらないんです。今回、ドラフトで指名された時も一番に前田さんから「おめでとう」とメールをいただだきました。そんな憧れの先輩と、胸を借りるつもりで対戦させていただけたらなと思っています。

 座右の銘は「一心不乱」という緒方。「自分は野球をするために生きてきたようなものなので、これからも自分を曲げずに、てっぺんを獲れる選手になりたい」と意気込む。2005年以来、リーグの“てっぺん”に届いていないタイガースの起爆剤となれるか。1月の新人合同自主トレーニングから、アピールしていくつもりだ。

緒方凌介(おがた・りょうすけ)
1990年8月25日、大阪府生まれ。小学6年から野球を始め、中学時代はオール住吉ボーイズに所属。PL学園では2年夏からレギュラーとして活躍した。東洋大では1年春からリーグ戦に出場し、2年、3年時には全日本大学野球選手権大会での連覇に大きく貢献した。3年時には日本代表候補にも入った。今年は人生初の主将に就任し、チームを牽引した。50メートル5秒8、遠投120メートルで走攻守三拍子そろった外野手。176センチ、75キロ。右投右打。

(聞き手・斎藤寿子)

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