ボクシングの世界タイトルマッチが31日、東京と大阪で5試合行われ、東京・大田区総合体育館でのWBA世界スーパーフェザー級王座統一戦は王者の内山高志(ワタナベ)が暫定王者のブライアン・バスケス(コスタリカ)に8R3分0秒TKO勝ちし、6度目の防衛を果たした。同世界スーパーフライ級タイトルマッチは同級8位の挑戦者・河野公平(ワタナベ)が王者のテーパリット・ゴーキャットジム(タイ)を4R2分8秒KOで下し、3度目の世界戦で初のベルト奪取に成功。WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチは王者の佐藤洋太(協栄)が同級5位の挑戦者・赤穂亮(横浜光)との日本人対決を判定で制し、2度目の防衛を決めた。また大阪・ボディメーカーコロシアムで開催されたWBA世界ライトフライ級王座決定戦は同級2位の井岡一翔(井岡)が同級5位のホセ・アルフレド・ロドリゲス(メキシコ)を6R2分50秒で破り、日本人史上最速となる11戦目での2階級制覇を達成した。WBA世界ミニマム級王座決定戦では同級2位の宮崎亮(井岡)が同級4位のポンサワン・ポープラムック(タイ)を2−1の判定で勝利し、新王者となった。この結果、日本人男子の現役世界王者は一気に8人に増えた。
<河野、奇跡の戴冠>

「奇跡です。勝てると思わなかった」
 勝った本人が夢を見ているようだった。3Rまでは強打の王者に押され気味の展開。2Rには左右のパンチがヒットし、ぐらつく場面もあった。河野ですら「終盤倒されると思った」と感じたほどだった。
(写真:4R、河野が3度目のダウンを奪う)

 しかし、劣勢を挽回すべく、4Rから足を使って距離をとったことが試合の流れを一転させる。踏み込んで拳を振るうと、間合いの変化にテーパリットは対応できなかった。そして、お互いが踏み込んだところへ河野の左が顔面にクリーンヒット。王者は前のめりに倒れる。

「当て勘がないんで(苦笑)、こんなんで倒れるんだと思った」と本人も驚きの一撃だ。
「人生かけて行くしかない」 
 立ち上がった王者をロープ際に追い詰めると、迷いなくラッシュを仕掛けた。右フックがヒットし、今度は横倒しに。会場は割れんばかりの大歓声が起こった。

 何とか立ったテーパリットだが、もう余力はない。河野が必死に両拳を振り抜くと、王者はロープ際で力尽きたかのように腰から崩れ落ちた。3度のダウンを奪っての衝撃的な勝利だった。

 世界挑戦は3度目。過去2度は判定で敗れ、本人も「次はない」と引退も考えた。2度目の世界戦からは佐藤洋太(現WBCスーパーフライ級王者)に判定負けするなど3連敗を喫し、「人に会いたくなかった」と明かす。世界戦のリングに3度上がること自体が奇跡のようなものだった。

 ジムからは内山に続き、2人目の世界王者だ。ただ、アマチュアで実績のあった内山と違い、河野は10代の頃から叩き上げで世界のベルトを巻いた。ジムの渡辺均会長は「ウチで1からボクシングを始めて、そういう選手でもチャンピオンになれることを証明してくれた」と教え子の快挙に目を細める。この11月で32歳。最後まで諦めなかった男に3度目の正直はもたらされた。

<「遊びたかった」佐藤、余裕の勝利>

 最終ラウンド前のインターバル、佐藤はセコンドに衝撃的な言葉を口にした。
「ダウンしても、ポイントは勝っていますか?」
(写真:最終ラウンド、佐藤がコーナーに誘い、打ち合いを仕掛ける)
 
 柔の佐藤と剛の赤穂。長く同階級で競い合ってきた日本人対決は明らかに佐藤が主導権を握っていた。立ち上がりから素早いジャブでリズムをつくり、ノーモーションのパンチが次々と当たる。赤穂は自慢の強打を振り回すも、佐藤は足を使ってうまくかわした。

「倒してやろうと思って、いつものボクシングを忘れてしまった」
 そう試合を振り返った挑戦者には世界初挑戦の硬さが見られ、このまま王者の圧勝に終わるかと思われた。

 だが、「欲が出てきた。いい試合をしたいと思い始めた」と語る王者は、後半に入るとロープやコーナーを背負い、相手を呼び込むような戦い方を見せる。「観ている側に、もうちょっと赤穂の良さを見せたかった」と、わざわざ挑戦者の見せ場をつくったのだ。

 コーナーに詰め、赤穂がラッシュを仕掛ける展開に会場は大いに沸いた。一発をもらえば形勢は一気に逆転する。リスクのありすぎる選択だが、佐藤はいたって冷静だった。
「コーナーは安全地帯。意外とパンチは食わない。決めに来るのでパンチが大振りになるんです。だから、あそこで倒されることはほとんどない」
 
 最終ラウンドはダウン覚悟で打ち合いをしたかった。それが冒頭のセコンドへの発言につながったというわけだ。本来はラスト30秒が、その合図だったが、さすがに危険を感じたセコンドが佐藤に時間を告げず、ノーガードの打撃戦にはならなかった。
「もっと遊びたかったですね」
 涼しい顔で話した王者に対し、挑戦者は「佐藤洋太が1枚上だった。完敗です」と肩を落とした。

 腕をグルグルまわしたり、変則的なスタイルが注目されるが、「2本の腕だけで殴るのだから、いろんなパンチを研究しないとおもしろいボクシングにならない」と王者は明かす。2012年はタイトル奪取に、2度の防衛と飛躍の1年になった。この日、同じ階級で河野がWBA王座に就いた。「ベルトを2本もらいたい。日本人王者が2人いるなら、つぶしあったほうがいい」と次は統一戦も望むところだ。

<内山、またもKO締め>

 不完全燃焼だった1年を吹っ切るように、右ストレートでぐらいついたバスケスをロープに追い詰め、30秒近く、左右の拳を連射した。棒立ちになった相手へパンチの雨あられ。ラウンド終了のゴングと同時に、レフェリーが割って入り、試合を止めた。
(写真:「上体が柔らかかった」という難敵を内山は連打で仕留めた)

 7月の防衛戦は地元・春日部での開催ながら、バッティングで右目上を大きくカット。負傷引き分けに終わった。防衛には成功したものの「試合をしていない感覚だった」と振り返る。それから5カ月。29戦無敗の暫定王者を倒し、、改めて強さを証明した。

 左ジャブ、左フック、右ボディを鋭く打ち込み、ペースをつかんだ。5Rには右ボディがバスケスのストマックに入り、うなり声をあげる。「内山のパンチを受け続けては立っていられないはず」と渡辺会長も太鼓判を押す強打に相手の動きが鈍ってきたのは明らかだった。

 ただ、ダウン経験がないというタフなバスケスに対し、慌てて攻め急ぎはしなかった。「ボディだけだと大振りになる。いつも通りやって、またどこかでボディに当てればダメージもたまる」と、冷静にガードが下がった顔面へパンチを集めた。

 次戦は1月1日付で暫定王者に昇格するユリオルキス・ガンボア(キューバ)との試合が現実味を帯びてきた。2004年のアテネ五輪で金メダルを獲得し、プロに転向。22戦無敗16KOの戦績でフェザー級から階級を上げてきた。世界的にその実力が認められている選手だけに、内山にとっても、さらに知名度を上げるチャンスだ。

「まだ荒い部分がある。打ち合いの中では仕方ないが、ふとした時にパンチをもらった。ガンボアだったら、もっとパンチがある」
 WBCスーパーバンタム級名誉王者だった西岡利晃の引退で、今や名実ともに日本ボクシング界のエースだ。来るビッグマッチへ、KOダイナマイトはさらなる進化を遂げる。

(石田洋之)